路地

花月姫恋

第1話

誰かにつけられている。

めぐむは、薄暗い路地を数分前から歩いている。その数分前から、サンダルか何かを履いている人が愛の背後に忍び寄ろうとしている。試しに近くの角を曲がって見てもその足音は消えることはない。むしろ、どんどん近づいているかのように音が大きくなってきている。愛は時々、後ろを振り向いていていた。しかし、決まって後ろには誰もいない。四、五回目だろうか。愛が振り向こうとすると、すぐ近くの猫の可愛らしい声が聞こえた。まるで、見てはいけないと警告しているかのようなタイミングで。その黒いカラダをした猫は、近くの白猫(この状態からしてオス猫だろう)に幾度となく呼びかけている。その声はまるで、甘えているかのよう。本性を隠したメス猫というところだろうか。愛は、しばらくしてまた歩き始めた。


私は、いったいどこへ行けばいいの?

愛は家の方角と真逆の方向に歩いているため、そればかり考えている。


とにかくつけられていることから逃れないと。

愛は先程よりも早足になる。だが、それでもその恐怖から逃れることができない。


もうだめ、我慢できない。

愛は、バックの中からスマートフォンを取り出す。一一〇のボタンを素早く推していく。


やっと逃れられる。

そう思ったのもつかの間、突然、大きな着信音が鳴る。その画面には、愛の彼氏である恭弥からだった。

『もしもし、愛。さっきお前のところに行ったんだけど、まだ家に帰っていなかったんだな。俺、お前のこと探しているんだけど、どこにいるの?』

その声は、愛にとって希望の光だった。しかし、最後の言葉は普段より低めな声だった気がする。

「今ここは、〇〇地区四丁目」

『へえー、そうなんだ。俺そこの近くだわ。今、そっちに向かうからそこを動くなよ』

愛は電話を切り、その場に恭弥が来るのを今か今かと待ち続けていた。


あれから、十分くらい経っただろうか。恭弥が革靴をカツカツと鳴らし、愛のほうへ歩いていく。

「どうしたんだよ。いつもまっすぐ帰っているだろ」

愛は、恭弥の腕の中に飛び込んだ。その腕の中は、どこかいつもの心地よさと違うような気がした。

「私、さっきまで誰かにつけられていたの。怖かった」

愛は、恐怖から逃れたことを実感し涙を流す。

「そっか、ごめんな。気がついてあげられなくて。今の時間は、変質者が出回っているからな。仕方ない。今から俺が、お前の家まで送って行ってやるよ」

恭弥は、愛が泣き止むまで背中をさすっていた。














しかし、愛は違和感というものを抱いていなかった。

恭弥とつきあい始めてそれほど月日が経っていないはずなのに自分の家を知っていたことに。
















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路地 花月姫恋 @himekaren

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