伝説のラストナンバー

澤田慎梧

伝説のラストナンバー

「最後の曲紹介になりました。大町おおまちにお住まいの『映画好きおじさん』――いつもリクエストありがとうございました――からのリクエストで、"The Neverending Story"」


 彩夏あやかが曲名を読み上げるのに被せ気味に、最後の一曲が流れ始める。八十年代のアメリカン・ポップスらしい、シンセサイザー多めのサウンドがフェードインし、やがて伸びやかなヴォーカルが響き出す。

 古い、僕らが生まれる前の映画の主題歌。タイトルの意味は「果てしない物語」――うん、ラストナンバーにはぴったりな選曲だ。


 今日は、コミュニティFM局「比企谷ひきがやつFM」最後の放送日だ。

 地域密着型のこじんまりとした放送局は、約二十年の歴史に終止符を打つ。理由は様々だけど……「時代の流れ」というのが一番しっくりくるだろう。

 曲が終わるまで約三分半。その後、スタジオに社長を迎え入れて、最後のメッセージを読み上げてもらう。それで比企谷FMはフィナーレを迎える。時間にして残り五分ほどだ。


「終わっちゃうね」

「……だね」


 スタジオの中、彩夏と二人で苦笑いを浮かべる。

 僕らが比企谷FMに入って三年。長かったようで短い数年間だった。

 子供の頃から慣れ親しんできた放送局に入るという夢が叶って、はしゃいだのは最初の一年だけ。

 スタッフがごっそり減った二年目からは、彩夏はパーソナリティ、僕はディレクター兼、雑用係を任され慌ただしい日々を過ごした。


 でも、それも今日で終わる。

 会社は解散し、残り僅かだったスタッフはバラバラになる。僕と彩夏も来月からは別々の職場だ。


 思えば腐れ縁の二人だった。小学校からの同級生で、部活も同じ放送部。中学も高校も大学も、就職先までも一緒になった。

 沢山ケンカもしたけれど、決定的に仲違いすることはなくて……彩夏は僕にとって最高のパートナーだった。

 ――でも僕は、まだ彼女に一番大切な言葉を伝えていない。だから、今こそ彼女にその言葉を伝えようと思った。


「ねぇ、彩夏」

「ん? なあに?」


 曲に聞き入っていた彩夏が、こちらを見やる。瞳が潤んでいるのは涙のせいだろう。

 その瞳をまっすぐに見て、僕は飾らない言葉で彼女に想いを伝えた。


「僕と結婚してくれ」


 彩夏の目が驚きに見開かれる。

 付き合っているようないないような、腐れ縁の関係に終止符を打つ決定的な言葉を、彼女は果たしてどう受け止めたのか?


 最後の曲が流れる中、しばしの沈黙の後に、彼女が小さく口を開く。そして――。


 ――そして比企谷FM最後の放送は伝説となった。

 音響担当ミキサーを自ら務めた社長の操作ミスか、はたまた意図的なものか。スタジオ内の音声は消音ミュートされず、"The Neverending Story"と共に電波に乗って、リスナーへ届けられていたらしい。

 つまり僕のプロポーズは、その結果も含めて、一部始終をリスナーに知られることとなったのだった。


 社長め。もし答えが「NO」だったらどうするつもりだったんだか……。

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伝説のラストナンバー 澤田慎梧 @sumigoro

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