第5話 本物ガワ

 どこ?

 どこなの?

 どこにいるの?

 私を笑った人、私を見ている人、私で楽しんでいる人。

 目に見えない眼差しが怖い。今私が浴びているものは、Vtuberとして活躍している時の暖かな視線じゃない。

 そもそもおかしい。

 こんなに悲鳴を上げているのに、誰もでてきやしない。

 私は今何処にいるの?

 私は一体何をしているの?

 私はこれからどうなるの?


「ノラチャン」


 部屋の奥から声が聞こえた。


「ノラチャン、ドウシタノ?」 


 声が。


「ダイジョウブ?」


 声が聞こえる。


「ガンバッテ」


 あの日から、私を取り囲むもの。

 

「ノラチャン、ガンバッテ」


 私の気のせいだと思っていたものたちは、確かな実感を伴って、今の私の側にいる。

 きいろ先輩は鋭すぎるだけだと言っていたが、それは間違いだった。だから彼はこうして死んでいる。あまりにあっけなく、みっともなく。

 私が本物の恐怖を知覚してしまったから。


「ノラチャン、聞いて」

「ノラチャン、見て」

「ノラチャン、書いて」

「進捗だよ、ノラチャン」


 声が迫ってくる。きいろ先輩の死体の側でうずくまっていた私のすぐ目の前まで、声は近づいてきている。

 ああそうだ。恐ろしいものはいつも私達の傍にあって、この世界に生まれる瞬間を待っている。

 まるで生贄に捧げられるみたい。

 そんな馬鹿げた妄想をしつつ、私はゆっくりと顔を上げ、声の正体をその目で捉えようとする。


「ノラチャン、がんばれ、がんばれ」


 甘ったるい声で私を応援するその怪物は、きいろ先輩の亡骸の前で黒い渦を巻いていた。その中心には目、渦の中の黒い粒子がぶつかりあって、声のようなものを発しているらしい。

 ノラチャン、と渦のあちこちから甘えたような声が響く。

 心底気味が悪くて、でも何処か安心していた。

 先輩の亡骸の上で踊る黒い渦は、少しずつ手足が生えて、人間の形に近づいているように見えた。


「ねえ……お願い」


 私の口から言の葉が溢れる。


「その人から離れてくれないかな? あのね、せめて身体だけでも残ってないとさ。その人、待ってる人が居るんだよ。居たんだよ。私のせいで、こんな事に巻き込まれて……かわいそうでしょう? 私は……もう諦めてるから、何処にでも行くから。ちゃんと書くから、進捗するから……」


 あはは、私、お人好しだなあ。

 無駄だって分かっているのに。なんでこんなこと……。


「ノラチャン、ノラチャン」


 ああ、何を言われるのだろう。

 なんだって良い。もう終わりなんだ。約束を破った愚かな女の子は、化物にころされてしまいましたとさ。あー、怖かった。ああ、それは。ああ、なんて、ありきたりな笑っちゃうくらい陳腐な物語なのに、今の私はとても恐ろしくて――


「この胸に灯すは心の光、希望へと向かう天の階梯きざはし! 輝け――!」

「ふぇっ?」


 なにごと?



綺 想 ・ 少 女 聖 剣 エ ク ス カ リ バ ー ・ ア イ デ ア ル !」



 一条の光が視界を焼いた。

 真っ白で、優しくて、清らかな陽の光だ。

 雲間から差した陽光と共に、私の目の前に居た黒い渦はキレイサッパリ消え去っていた。

 そしてその光に視界が慣れると、そこには見覚えのある少女が、日傘を真っ直ぐに突き出したまま立っていた。


「本物山……さん?」


 本物山小説大賞の主催者である本物山さんだ。

 

「やあ、山本のらちゃん……って呼んで良いのかな? リアルで会うのは初めてだもんね」

「うそ……VRモデルそっくり……ですよね?」

「こっちはもう7年も金髪ドリルやってんだよ……今更VRだからって姿変えられないじゃん? こう、パブリックイメージみたいなのがさ?」


 ろくろを回すポーズ!

 著者近影と一緒! 本当の本当に本物山さんだ!


「驚かせちゃったね。でももう大丈夫。悪いものは私が全部消したから」

「あ、あ、あ、ありがとうございま――」


 私がお礼を言い終わる前に、本物山さんは動かなくなってしまったきいろ先輩を蹴り飛ばした。


「――ありがとうございますっ!」


 お礼を言いながらケツキックで吹き飛ぶ先輩。

 ……生きている?

 

「どうやらこいつの悪事に巻き込まれたみたいだわね。こんなのと関わったら駄目だよ」

「ど、ど、どういうことなんです?」

「ふぅ……そうだねぇ……夕野きいろ!」

「は、はひぃっ!」


 きいろ先輩が慌てて立ち上がる。

 そして土下座する。


「ちょっとした悪戯心で! 驚かせようかなって! 脈を止めるのはちょっと脇の下に保冷剤仕込んで、力を入れて止めて! あと呼吸は……気合で!」


 そんな……馬鹿な。


「だから全部気のせいだったのさ、のらちゃん」

「で、でもなんでわざわざきいろ先輩がそんなこと?」

「そうだねえ……それがこいつの『こわいはなしの作り方』なんじゃないの?」

「……えっ?」

「君の心が如何に動くのか、反応を伺って、そこから自分の話を作ろうとしたんだろう? まあ他人の作品のアレンジだけで話作ってる訳ないもんね。現実の取材も必要だろうさ」

「おっしゃる通りでございます……申し訳ございませんでした……。美少女Vtuber山本のらを使ったホラーノベルとか絶対売れるって……」


 作家さんは変わった人ばかりだ……なんてよく聞くけど、きいろ先輩もそうとうヤバイ系の人だったんだな……。


「夕野きいろ、貴様は東京にある財団Kで本物山暗黒裁判にかける。非作家を物語の中に投げ込むのは、一級創作犯罪にあたるぞ。君の担当編集さんもお怒りだ」

「い、いやだ! それだけは! 死んでしまいます!」


 死ぬ!?

 死ぬってなに!?


「ま、待ってください!」

「なんだいのらちゃん?」


 なんできいろ先輩を助けようとしているんだろう。

 この人には迷惑をかけられっぱなしの筈なのに。


「私も……そう、私も作家です! もう立派なweb作家です! だからその……もうちょっと罪とか、軽くなったりしないでしょうか?」

「……馬鹿だねー君も。こいつを生かしておくのは危険だよ? 何時か絶対にろくでもないことをやらかすからさ。君が作家というのは否定しないが、こいつはここで始末した方が……」


 ――ああ、そうか。

 私はもう作家だ。作家だったら、今の先輩を助けようとする理由なんて決まっている。


「でも! 私の創作を豊かにしてくれました!」

「の、のらちゃん……!」

「まるで作家みたいなセリフを言うね……ん、まあいいか。君は立派な作家だ。それは私だって認める。そんな君の言葉を、私は尊重する。まあこいつは東京の財団Kまで連れ帰るけどね」


 本物山さんはきいろ先輩の首に手刀を叩き込み、気絶させる。そして首根っこをひっつかみ、ズリズリと引きずっていく。


「君の証言があれば、罪の減免は間違いない。一週間もすればこいつは帰ってくるから、心配はするな。存分にこき使ってやればいい。今回の件の責任はこいつにあるんだからな」

「――はい!」

「じゃあね、のらちゃん。今度は秋川先生も一緒にバーチャル女子会しようぜ」

「勿論ですっ!」

「さよならの~!」

「さよならの~!」


 本物山さんの背中が遠くなっていく。

 このままで良いのかな?

 私が見たあの怪物、あの燦然たる光、そしてVRモデルそっくりの本物山さん。

 全てがあまりに現実離れしていて、でも確かに私はそれらを見ていたのだ。

 もしかして? という想像を、いまさら止められるわけがない。


「あっ! あの……!」


 本物山さんはくるりと振り返る。


「どうしたの?」

「私が見た怪物は、エクスカリバーは、あなたは、本物ですか?」

「……気のせいだと思うよ、妄想に囚われたあなたを解き放つ為に叫んだだけ、その時にたまたま日光が目に入っただけ」


 世界が色褪せる。

 信じられない。信じたくない。

 本物山さんは私を見て肩を竦める。


「この世界は皮膜ガワを被せられている。でもその裏を覗いて、を引きずり出すことができる人間も居る。小説家の感性は、時としてその場所にたどり着く。それだけのことよ」

「じゃあ……!」


 その問いには答えず、本物山さんは再び背中を向ける。

 何時か私の前にも、本物側の世界が見えるのだろうか。

 既に見ているのだろうか?

 なんにしても、ワクワクは止まらない。


「あはは……楽しいなあ、創作!」


 おはらの、新しい世界。

 おはらの、本物ガワ。

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こわいはなしの作り方 海野しぃる @hibiki

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