またどこかで会えたら。

紺野咲良

迎える終焉、最後の悪ふざけ

 もうすぐ、終わる。――終わってしまう。


 このオンラインゲームのサービスが開始したのは、今から十年ほど前だった。長寿な方だと思うし、よくぞ今日まで続いたものだと褒めてもいいぐらいだろう。


 それがもう――あと数分で終焉を迎えてしまう。


 私にはゲーム内の相方がいた。今も最後の日を共に過ごそうと、各地を一緒に観光してたところだ。


 ――だが、この人には恨みがある。


 昔から事ある毎に弄られ、からかわれ……彼は遊んでいた節があった。

 故に私は仕返しを画策しており、これより始まる一世一代の悪ふざけに胸を躍らせていた。

 最後ぐらい私に翻弄されなさい。ざまぁみやがれです。


 そろそろか――と、私はチャットを打ち始める。


「ねぇ」

「ん?」


 ……少し、溜める。

 返事をする間も与えない為に。より印象付ける為に。

 彼は画面の向こうで何を思っているだろうか。……さっさと言えよ、って苛立っているに違いない。

 うん、余計に腹立たしくなった。慈悲など無い。


 ――……十秒…………五秒前。……さん、にぃ、いち――



「好きだったよ」


「俺もだ」



 ――え?

 『俺もだ』――その一文が画面に表示されたのは、私の発言とほぼ同時だった。

 私の台詞を見通し、予め文章を入力してたとしか思えない速度だ。


「んなこったろうと思ったよ。お前の思い通りになんかさせっか、バァカ」


 様々な疑問が渦巻いて、処理が追いつかない。


「なんで」


 かろうじて発言できた。たったそれだけなのに、彼は私の欲した答えをくれる。


「時間を過ぎてもサーバーが落ちない理由なら『ロスタイム』って奴だな。お前は知らんだろうが、定期メンテナンスの際も時間ピッタリに落とされる事なんか滅多にねぇからな」


 初耳だった。メンテナンス時刻にゲームをしてる事なんて無かったし。


「お前の台詞を先読みできた理由なら――」


 そう……そっちの方が大問題だと、注視して発言を待つ。


「一体何年の付き合いだと思ってんだよ?」


 ――あっ……。


 なんでだろう。急に込み上げてくるものがあった。画面を見つめる視界がぼやけ始めてしまう。


「まっ。またどこかで会えたら、よろしくな」


 ……何か、言わなきゃ。

 離れたくない。まだ一緒に居たい。どこでなら会える。

 伝えたい事が次々と浮かんでしまい、纏まらない。文字が打てない。


 やがて無情にも、画面に次のようなウィンドウが表示される。


 【サーバーとの接続がキャンセルされました】


 茫然としつつ、おもむろに時計に目を向けた。


 ――五分。


 ロスタイムは、五分だった。たったの、五分だけ。


 最後の最後に、何を無駄に悩んでしまったのだろう。

 伝えたい事なんて、至極単純な事だったのに。

 あれこれ考えず……たった一言、こう言えばよかったんだ。

 一度は発言していた事を、もう一回言い直せばよかったんだ。



 ――『大好きだよ』、って。



 結局私は、最後まであの人に翻弄されっ放しだ。

 悔しい。……滲む涙は、きっとそのせい。



 だから……またどこかで会えたら。その時は――

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またどこかで会えたら。 紺野咲良 @sakura_lily

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