第十三回 ヒーローの夢を経て
「頂上に到着した。引き上げを頼む」と
蛍火遺跡の頂上でオレは空を見た。真上は真ッ白に光り輝くワームホールである。ようやく元の世界に帰れるのかと感慨に耽っていると、「誰でしょうか」と
「博士!」とオレは、博士に声を掛けた。
「やあ、早田くん」と彼もこちらに笑みを返してくれた。彼はキノコの形態を取った
「心配で思わず迎えに来てしまったのだが、無事でなによりだ。ところで、この世界でもキノコは回収できたかね?」と続けたので、オレと岬は芹沢博士に近づいて、岬が回収していたキノコ、つまり神社で回収した何者か、ゾンビ、クロコの三体をケースに入れた。
「これで十四体か……好かった。予定通り『全員揃った』」
「
いきなり一文字が叫んだ。オレと岬が芹沢博士を見ると、戸惑うどころか頬笑んでいる。岬が慌ててケースを奪い取ろうとするが、芹沢がそれを素早く
「おい! 一文字! 博士が博士じゃないってどういう事だ! お前たちの眼鏡は化けた
「早田くん。彼らが識別できるのは、『普通に擬態した場合』だけだよ。今の君たちの技術では、君たちのいう
「なに?」
「盲点だったな。擬態を見抜く力が、自分たちにあると過信してしまったがために、より質の高い擬態には一切気付けなかったどころか、その可能性すら疑わなかった。気にするのは、犬だの鳥だのに化けるといった杞憂に近い妄想だけ」
そう言って声を上げて
「博士! いや、アンノーン! 一体いつから研究所に潜伏していたの!」と岬だ。
芹沢に化けているアンノーンが、持っていたケースを無造作に床に落とす。衝撃でケースが開いた。
「せっかくだから全部教えてやろう。君たちに付いては、かなり早い段階から調べさせてもらったよ。君らがカメレオンだのゲンガーだの呼んでいた仲間が駆除された段階から、こちらがどう動けば、君たちがどう対応するか。まあ、組織単位での行動だから、使い捨ての手足程度の君たちには、実感がないかも知れないがね。
ビーストやハナビには、単純に君たちの行動を把握するためだけに行動してもらった。インパクト達には、人間として生活している状態でも我々に気付くかの確認で、スカーにはトキシン同様に君たち人間を生物的に理解するために解剖だの人体実験だのをしてもらっていた。マドイとオボロを組ませてもいたし。そうそう、トキシンのときはマドイと私も一枚噛んでいたんだよ」
アンノーンは一息ついて続ける。
「ここからが肝心なんだが、私が君たちの施設に侵入したのは、君たちがカチワリと関わった事件のときだよ。私はあのとき
渡部絵美。
「あの少女に化けて施設内に侵入して、芹沢博士を殺して成り代わったんだよ。この男は地位がある分、ずいぶんと便利だったよ」
だからって、いくら見た目がそっくりでも、それだけなら博士の性格や知識までは真似できないはずである。最初は騙せても途中でボロが出るはずだ。
アンノーンに銃口を向けている一文字が言う。
「ということは、お前の
「半分正解だ。けど、話が早くて助かるよ。君たちは私が思っていた以上に賢いようだな。もっと愚かだと思っていたよ。それで、足りない半分の正解だが、それは早田くんが神社で斃した仲間の能力だ。確か……君たちは【№《ナンバー》10】のナイトメアと呼んでいたね。彼の
「そんな事ありえない! 渡部絵美は常に監視されていたのに!」と岬だ。
「カメレオンとゲンガーだよ。ゲンガーの
一文字と岬がハッとする。アンノーンが言う。
「そうだよ。ゲンガーの
アンノーンが続ける。
「君たちは渡部絵美の死体を確認しただろ? あれが本物の渡部絵美だ。芹沢博士は、カチワリとスカーの
まだ続ける。
「そしてマドイ、ツチグモ、ゾンビで君たちのお仲間を
……そういえば、私の呼称であるアンノーンは仮称で、正式なコードネームはまだ付いていなかったな。そうだな。私にコードネームを付けるとすればコピー、いや『ミラー』かな。君たちが我々につける名前はどれも単調で愚かしいから、こんな感じだろう」
アンノーン、いやミラーが薄笑いを浮かべて足許のキノコを見る。ワームホールの白光を浴びて、十四のキノコが震え出した。
「なんだ?」とオレだ。
「早田くん。君も知っているだろ? これは
「なんだと!」
「慌てるな。すぐにではないし、特にナイトメア達は斃されて間もないから、ケース内の栄養をまだ十分に取り込んでいないだろう」
岬がオレに近づきながら、
「岬さん!」
オレは岬を抱き止めると、岬は爆発で
「安心しろ。ヒトに戻るための薬だ。君たちが持っているのと同じものだ」とミラーは言った。
「一文字!」
オレは一文字に向かって手を伸ばした。と、一文字の脇腹辺りが突然爆発する。いつも変身用の注射器を隠し持っているところだ。一文字は脇腹を抑えながらしゃがみ込んだ。激しく出血しているのは、こちらからでもハッキリと見えた。
「早田くん。私は君たちに勝つ確乎たる自信がある。だが、万が一に備えなければ成らないんだよ。一文字くんや岬くんならともかく、君の中に私の仲間がいる以上、爆発で殺すわけにはいかないからね」
芹沢博士が一文字を一瞥する。と同時に、傷口を押さえている一文字の右腕が吹き飛んだ。一文字の悲鳴が上がる。
「一文字!」
「次は、お前だ」と今度は岬を見た。
やはり彼女の右腕が吹き飛び、悲鳴を上げる。
「貴様!」とオレはミラーに立ち向かったのだが、一方的に殴られて倒れたところで頭を踏みつけられる。
「芹沢が相手なら、普段の君にも適わないだろうが、私はこの姿は仮のものだということが、この頭では理解できないのか?」
ミラーは何度も何度もオレの頭を踏みつけた。オレが
「早田くん、なにを見ているんだ? すでに光を取り込んで復活の兆しを見せて震えている以上、それをどうしようが
オレはミラーを睨みつけた。奴は余裕綽々といいたげに笑っている。
「なんなら燃やすか? 焼却しても核は残る。そこから復活は可能だ。どうやろうが、君たちに
「早田! ここはオレ達が食い止める! それを持って逃げろ! 応援が来るまで隠れるんだ!」
一文字が叫んだ。オレは咄嗟にケースを抱いて立ち上がった。
「無駄だ。この世界は
カチワリの事件の最後に見た、渡部絵美は幸せそうだった。
「死ぬのは怖いか? だが、私たちに殺されるのは怖くない。むしろ夢心地だ。君は家族を失い、ビーストと融合し、名前を奪われ、自由のない番犬として扱き使われて、何度も死ぬような思いをさせられた。いま逃げても、いつ復活するか分からない
オレはゆっくりと膝まずいてケースを床に置いた。
「早田!」
「早田さん!」
二人の声が、遠くから聞こえた気がした。ミラーは勝ち誇ったかのように笑みを浮かべる。
オレは、震えている十四のキノコを……一斉に食べた。三人が呆気に取られる。すぐに
全身に拒絶反応が起こる。体が寒いのか熱いのか分からない。吐き気で思わず口を両手で塞ぎつつも、まだ食べ切れていないキノコを口に運び、噛み砕き、飲み込んだ。
ミラーは小さく舌打ちするも、まあいいとすぐに平然とする。
「無意味だよ、早田くん。もし君がキノコを噛み砕いたところで意味はない。吐き出せばキノコの状態と変わらず復活する。まあ、時間は掛かるだろうがな。それにちゃんと食べ切れたとしても、君は拒絶反応で死んでしまい、その死体を養分にしてやはりキノコになった私の仲間は復活する。第一、キノコ一つでも致死量に達するのに、いくらビーストの生命力があったところで十四個も食べて体が耐えられる訳がない」
それでもオレは死ぬ物狂いでキノコを食べ続けた。
「まさか、私のようにほかの
オレは両手で口を塞ぎながら、最後の一口を飲み込んだ。どうも形容しがたい苦しみや嘔吐感、頭痛、胸の苦しみ、体の痺れ、発熱と悪寒、自分で説明していて訳が分からなくなる苦しみをどうにか
「面倒なことになったようだな。早田くん、私がなにをしなくても君は死ぬ。君の体から溢れるその光の粉は、君の体が風化しているんだ」
「風化?」と一文字だ。
「そうだ。別にオボロの力が暴走している訳じゃない。
芹沢博士に化けていたミラーの姿が変わる。髪と肌の色は真ッ白で、目許には赤い桜の花びらを付けたような隈取りがあって白目は黒で瞳は青い。そしてなにより、体の形状そのものは人間のときのオレと全く同じだった。
オレはミラーを睨む。そして素早く変身用の注射器を取り出して手首に打った。ナイトメアと戦うために渡されて、結局使わなかった注射器だ。一瞬のことでミラーは反応できなかった。オレの体がビーストに変身する。そしてミラーに突撃した。ミラーの顔面めがけて殴り掛かったが、ミラーはその腕をサッと叩き落としてオレの顔面を殴り飛ばす。すぐにオレは体勢を整えて攻撃する。元スーツアクターという仕事柄から、柔道などの武術の基本は叩き込まれていた。その技を掛けようとしたのだが、どう攻めてもアッサリ躱されて頸に肘鉄を食らわせられた。倒れるのと同時にミラーの足を狙って回し蹴りをするが、跳んで躱された上に、そのまま腹を蹴られてしまう。ミラーが右手でオレの首を掴んで持ち上げた。足が床に届かない。
ミラーが言う。
「私は君だ。君が私に勝てる道理など無いんだよ」
頸を絞める力が強く息が出来ない。
「私は君の力も知能も、全てをコピー出来る。つまり、私が君をコピーした瞬間には、君と同程度の力は持っているということだ。それだけではなく、私自身の力や今までコピーしてきた者の力が合わさって、今の私の強さがある。そんな私に、たまたま
オレはミラーを何度も全力で蹴ったが、ビクともしていない。
「君は本当に愚かだ。キノコを食べずに素直に返していれば、君は夢の中とはいえ無事に人間に戻り、家族とも再会できた。君はそれを自分自身で棒に振ったわけだ。あの判断の由来はなんだ? 安っぽい正義感か? それか陳腐な自尊心か? やはり私達に対する不信感か? それともまさか……最後には私を斃すことが出来るという子供染みた妄想か? どっちにしろ、君は誤った判断をしたんだ。可哀想だが、同情の余地はない。死ね」
ミラーがオレの首を絞める力を強くする。オレは思わず吐血した。その色はすでに赤ではなく汚らしい緑色をしていた。
「ほう。血は緑か。とうとう人間ではなくなったか、可哀想に。こんな惨めな君を見ていると、少し
そういうと、ミラーの力が少しだけ緩んだ。オレは精一杯息をした。すると、再びミラーが右手に力を入れた。オレの苦しむ姿を見ては、少し息をさせて、再び首を絞めるのを何度か繰り返す。その間にもオレの体は少しずつ光を放つように風化していく。
「では、名残惜しいがそろそろお別れだ。さようなら、
ミラーがオレを投げた。オレはそのまま倒れたがすぐに立ち上がる……と、インパクト、ハナビ、スカー、オボロ、トキシン、カチワリ、マドイ、ツチグモ、ゾンビ、ナイトメア、そしてクロコと今まで斃してきた
「せっかくだからな。思い出と共にこの世から永遠に消えてなくなれ」
ハナビがオレを指差すのと同時に、オレの右腕は爆発して吹き飛ばされた。インパクトの衝撃波で吹き飛ばされたかと思えば、ツチグモの糸で縛られて、そのまま床に叩き付けた。釣られた魚のように、また引ッ張られたかと思えば、その先にカチワリがいて太い氷の槍がオレの腹に突き刺す。そして今度はスカーの許に飛ばされて左脚を切り落とされた。オレは攻撃される度に悲鳴を上げて、右へ左へと振り回される。と、奴らが囲っている円の中心部分で、なぜかツチグモの糸が切れてオレはそこに倒れた。立ち上がろうにも左脚を失って立ち上がれない。オレは吹き飛ばされた右腕の傷口に触れると、なにかがワサワサと動いていた。なにかと思えば、黒い甲虫のような無数のなにかが傷口を修復している。左脚を見ると、やはり同様に黒いなにかが傷口を塞いでいた。本家のものと比べれば見劣りするとはいえ、ゾンビの
ツチグモが再びオレに目掛けて糸を飛ばして来た。オレはそれを左腕で受けて「切れろ!」と念じると糸が切れた。オレはミラーを睨んで「爆発しろ!」と念じると、両腕を組んでいるミラーの胸元辺りで爆竹より弱い爆発が幾つかあった。負傷は全くないが、ミラーは舌打ちする。
「困ったな。本当にしぶとい男だ。まさか本当に、融合したビーストの
オレは右腕と左脚を見る。ゾンビとは速さは比較にならないが、それでもゆっくりとだが修復されて行っていた。だが、あまりにも遅すぎる。それに光になって消えていく箇所の修復は行われていない。時間は無いようだ。オレは見たことも会ったこともないゲンガーとやらの
「貴様!」
ミラーがオレの頸を両手で掴んだ。頸を爆発で吹き飛ばすつもりか、斬り捨てるつもりか。どちらでもいい。どうせ最初から捨て身だった。
突然、ミラーの両肩から血が噴き出した。ミラーの視線がオレから離れる。一文字と岬が銃撃したのだと、考えるまでもなく分かった。集中砲火は肩から上を狙ったもので、ミラーの目や頭部なども容赦なく攻撃する。ミラーもオレが噛み付いているために自由に動けず躱すことも出来ず、オレを
「うわああああ!」
悲鳴を上げるミラーの緑色の血をオレは全身で浴びた。奴の肉片を吐き出すのと同時に、変身が解けてしまう。
オレは一文字たちを見た。二人はすでに立ち止まってミラーに銃口を向けている。周辺にミラーの分身はいない。次にミラーを見る。奴はしゃがみ込んでいた。両腕で傷口を押さえようとしているのは分かるのだが、胸から腰までを失っていて、とてもじゃないが押さえ切れていない。顔も首の周りも銃撃を受けて傷というか穴が開いて緑色の血で汚れていた。ここまで来るとゾンビの
「貴様……」
怒りに震えるミラーがオレを睨む。が、クスクスと終いにはゲラゲラ笑い出した。
「一人前に悲劇のヒーローぶった偽善者の分際で、これからノウノウと生きていけると思うなよ。オレはお前だ。お前のことならなんでも知ってる。仮に生き残れたとしても、お前は永遠のオレらの陰から逃れ――」
言い終える前に奴は泡に埋もれてしまい、最後にはキノコだけが残った。オレは一文字たちのほうを向く。一文字も岬も右腕こそ失ったが、無事生きている。
「早田……」
二人が心配そうにオレを見つめている。オレは自分の体を見る。体はすでに光に包まれている。両脚は失われて左腕は肘まで消えていた。もう一度、ミラーを見る。キノコの姿になった奴は、今まで駆除した
「一文字……、岬さん……、頼みがある」
「……なんだ?」
「オレはもうダメみたいだが、ミラーのキノコを使って、妻と子は生き返らせてくれ」
「早田……」
「最初からそういう約束だったんだからな。頼んだぞ」
オレは笑顔だった。もうすぐ死ぬのが分かっていたオレの心は妙に安らかだった。ふと、空を見上げる。ワームホールは白い太陽のように輝いていた。オレの体の光が、あたかも風に巻き上げられる花びらのように吹雪いて舞い上がる。と、白い日差しの中から、白い女性の影が見えた。誰だろう。一瞬思ったが、すぐに妻の影だと分かった。オレは肘まで失っていた両腕を彼女に伸ばした。
妻の手とオレの腕を触れた瞬間、オレは白い光の中で目を閉じた。ふと、涙が漏れた。
…………。
………………。
「あなた。あなた」
オレは闇の中にいた。どこからともなく妻の声がする。とうとう死んだのか。
「あなた」
右手に何かが触れている。いや、握られている。
なんだろう。
「起きて。あなた」
――?
オレは目を開けた。白い天井。いつもの白い牢獄か? いや、少し黄ばんで汚れているようだった。
「あなた」
オレは声のほうを見た。妻だ。妻の
「やっと起きた。よかった。ずっと
涙目になった妻がそう頬笑んだ。オレは当初、訳が分からなかった。
「どうしたの?」
「一文字は? 岬さんはどうなった?」
「誰のこと?」
「誰って? 一体あの後……」
妻がクスッと笑った。
「どうせ悪い夢でも見てたんでしょ?」
「夢?」
まだ理解できない。
「そうだ。佳秋は?」
妻の視線が
「とうとう追い詰めたぞ! 極悪異次元人magicianoid《マジシャノイド》のボス! マジック・ザ・ミラー!」
「フッ。人間ごときに
「なんだと! ん? な、なんだ?!」
「私が貴様ごときに怯えて逃げるわけがないだろう」
「しまった! 罠か!」
「孤立無援! 疲労困憊! 四面楚歌に絶体絶命! 私の完全勝利だ! 私に逆らったことを未来永劫、無間地獄の奥底で阿鼻叫喚しながら後悔するんだな! わはははは! さあ死ね! 裏切り者の暗黒鬼人マジック・ザ・ビースト!」
「ぬわああ!」
オレはきょとんとパソコンを見つめた。妻は笑って言う。
「あの子、ずっとあの特撮観てたのよ。あなたが起きるまでずっと起きておくんだって。結局、途中で寝ちゃったけどね」
「…………夢だったのか?」
確かに長い夢を見ていたような気がする。
だけどもう、その夢を思い出せない。
「やっぱり怖い夢、見てたんだ」
そう妻は笑った。妻は慈愛に満ちた笑顔をしてオレの頭を撫でてくれる。
「子供みたいに情けない。佳秋に見られたら笑われるぞ」
そう言って妻はオレの涙を手で優しく拭いてくれた。オレは気恥ずかしくなって、一瞬妻から目を逸らす。だが、すぐに笑って彼女の目を見て言う。
「ただいま」
ヒーローの夢を経て 枯尾花 @0653509
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