最終回「探偵ですが何か?」

 異世界転移してから一か月――

 暖かい日差しに、春の兆しが見え始めたころ。

 イストヴィア城下町の冒険者ギルド、その隣にある素材買取所にて。


 その一角にある鑑定カウンターでは、鑑定士と呼ばれる職員たちが持ち込まれる素材の鑑定を行っていた。

 その中に鑑定士として働く照の姿が見える。


「これは水の魔石ランクCと、風の魔石ランクDが二つですね」

「こちらは青薬草十二本ですね。ただこちらの三本は状態が悪いので、半額買取になります」

「ウォーウルフの牙が七本ですね。素材としては買い取れませんが、討伐報酬は出ますよ」


 テキパキと仕事をこなす照。

 一か月も続けていれば慣れたもののようだ。

 流れるように鑑定を続け、客の切れたところでようやく一息つく。

 と、そこへ――


「これを鑑定してもらえるかしら、照くん」


 そう言い照のカウンターに姿を現したのは、一週間前にダンジョンに向かった乃愛だ。


「乃愛先輩! 無事ダンジョンから戻ったんですね!」


 一週間ぶりに見る乃愛に笑顔を見せる照。

 乃愛がカウンターにバッグを置くと、受け取った照が中から素材を取り出していく。


「魔石に魔物素材がこんなに……大盛況みたいですね、乃愛先輩」

「ええそうね。それはそうと照くん……」


 乃愛は少し戸惑った様子で、カウンターの上に置かれたポップスタンドを見る。

 50センチほどの大きさのそれには、『どんな事件も解決します! 全て無料!』と書かれている。


「これは一体何なのかしら?」

「ああ、乃愛先輩。ボク鑑定屋のほかに、探偵業も始めようと思ったんですよ」

「――! もしかして照くん、探偵の自覚に目覚めたの?」


 乃愛は思わず喜色の声を上げた。

 今まで探偵にあまり積極的では無かった照が、本気でやる気になっている。

 それは乃愛の望んでいたことだ。

 だが――。


「でも急にどうしたの、照くん?」


 ――照の変化に、思わず疑問を口にする乃愛。


「急に積極的になるなんて、何か心境の変化があったのかしら?」

「乃愛先輩、実は……」


 気を持たせるように間を開けると、照は得意げな笑顔で乃愛に告げる。


「ようやく分かったんですよ、日本に帰る方法が!」

「な、何ですって?」





 陽莉を探偵助手に選んでから――照の目標はチーレムから『日本に帰る事』に変わった。

 その目標を達成するため、照は必死に帰還方法を探し続けていた。

 国営図書館に入り浸り、手がかりのありそうな本を片っ端から読んで回る日々。


 そして先日、照はついに、その手掛かりとなる一冊の本を見つけたのだった。


 それはある冒険者の手記。

 彼は歴史上で唯一、この異世界エスセリオから日本へと転移することに成功した冒険者だった。

 彼の手記には、異世界である日本へ渡るために必要な事が書かれていた。

 それは以下の二つ――


 一つ、『神に至る道』であるS級ダンジョンを踏破すること。

 二つ、『神に最も近いジョブ』である[探偵]のジョブスキル[探偵の観察眼]を身につける事。


 手記を書いた冒険者は、S級ダンジョンをクリアしたあと、[探偵の観察眼]の導きに従って女神に会い、『異世界に行きたい』という願いを叶えてもらったらしい。

 つまり、[探偵の観察眼]を持っている照であれば、後はS級ダンジョンをクリアできれば日本に帰る道が開けるはずなのだ――。





「――というわけで、ボクはS級ダンジョンをクリアしなきゃいけないんです! そのためにはまず[探偵]のジョブスキルをカンストさせて、新しいジョブを貰わないと! 今度こそ戦えるジョブをもらって、S級ダンジョンをクリアするんです!」


 鼻息荒くそう言う照に、乃愛は僅かに表情を曇らせる。


(……つまり探偵としての自覚ができたんじゃなく、あくまで瀬名陽莉のためというわけね……)


 ガッカリする乃愛は、思わず照に尋ねる。


「ねぇ照くん。キミにとって探偵って何?」


 突然の問いに、照は思わず目を丸くする。

 しばらくの逡巡ののち、乃愛の問いに答える照。


「ボクにとって探偵は、『理想』ですね」

「『理想』……?」

「最初は[探偵]なんてジョブをもらって途方に暮れました。

 自分に探偵なんて無理だって、そんな才能は無いって思ってました。

 でもいくつも事件を解決していって、乃愛先輩も認めてくれて、少しずつ自信になっていったんだと思います。

 今のボクにとって、[探偵]は目指すべき理想です。

 今まで事件を解決できたのは偶然だと感じるし、自分に探偵の才能があるとは思えないけれど……。

 でもボクはこのまま探偵を続けます。

 このわずかな自信が本物になって、いつか理想の自分になれるように――」


 その答えに、乃愛は身を震わす。


(私にとって探偵は、どんな事件もアッサリ解決する、超常的な存在だった。

 でも照くんは違う。

 悩みながら事件に挑んでいる。

 きっとコレが物語では読めない、本当の探偵の姿なのね――)


 するとその時――


「あの……すみません」


 乃愛の背後から、カウンターの照に向かってそう声がかかる。

 声の主はかわいらしい少女だった。


「実は相談があって……この『どんな事件も解決します』って本当ですか?」

「ええ、いちお……」

「もちろんよ! 彼に解決できない事件なんてないわ!」

「ちょっ、乃愛先輩!」


 照の言葉を遮って、ハードルを上げる乃愛。

 その言葉に少女は熱い視線を送る。


「でしたら助けてください! 私、困ってるんです!」

「わ、分かりました。ではお話を聞きましょう」

「あ、ありがとうございます! それにしてもどんな事件も解決するだなんて……いったいどういうお方ですか?」


 少女はホッとした表情を見せると、小首をかしげて照に訊ねる。

 その質問に笑顔で答える照――。


「ボクは惣真照。――探偵です」



 ――おしまい

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【PV6000感謝!】神様、探偵チートじゃ戦えません! usumy @usumy

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