絵の中で僕は全速力で走る

照るテル坊主

第1話

高二の夏だった。


ギラギラと降り注ぐ太陽の日差しで汗を流す野球部員たち。

間近に迫るコンクールに向けて忙しく音を奏でる吹奏楽部員たち。

廊下を走る足音や恋愛話で盛り上がる女子の声──────


見えるもの、聞こえるもの、全てがうるさく感じる学校は僕にはとても息苦しい場所であった。


誰が悪いわけでもない。ただ僕をこんなにも弱い身体にしようと思った神様はなんて残酷だ。


そう思いながら過ごす高二の夏のある日の放課後だった。


学校が終わってもうすぐ家に着くという時にケータイを教室に忘れてきてしまったことに気づいた僕は再びバスに乗り、降りて道を歩いた。

生まれながらに心臓が弱い僕は家から高校まで歩いて30分という道のりでさえ、自転車で通うことができない。暑い夏はなおさらだ。

母子家庭であり母は朝早くから夜遅くまで仕事で学校まで送り迎えはできない。そのため毎日バスで通うがいくつかのバス停に停まるため40分はかかる。


そうしてようやく再び学校に着いた。階段を上り3階の教室へ向かう途中、歌う声が聞こえた。

「私とあなたの間で甘い時間が流れる この大きな世界を溶かすかのように」

声がするのは僕の教室の隣の教室のようだ。気づかれないようにそっと廊下からのぞいてみると、そこには1人の女子が窓際のイスに座っていた。窓を開け、吹き込む風で長い髪がなびいている。イヤフォンから音が漏れているが、彼女の顔には、まるでここには彼女しか存在しない世界にいるかのように羽を伸ばす姿があった。

歌を口ずさむ声は透き通っていて、僕には全てが芸術で溢れた空間に感じた。

今すぐにこの光景を絵にしたいと思った。


道を歩き、バスに乗り、また40分かけて家に帰った。


自分の部屋へ急ぎ、まだ鮮明に残るあの光景を描くため一枚の紙に鉛筆を滑らせた。


窓の向こうには青空の中に大きな入道雲


長い黒髪は風に揺らされながら日差しを浴びている


夏の季節に似合わない白い肌には赤い唇


大雨のようにすべての音を消すかのようなどこまでにでも響き渡りそうな彼女の声


全てを絵にした。


次の日、朝早く、バスに乗り、学校へ向かった。

学校に着くと僕は昨日描いたあの絵を掲示板の片隅に貼った。なぜそうしたのかと言われれば特に理由は無いが、昨日のあの空間を僕の絵では伝わらないかもしれないが、伝えたかったのかもしれない。


僕の絵は学校中の生徒に見られた。僕の絵を見て上手いという人もいる。誰が描いたんだと騒ぐ人もいる。そんな声の中で1人の名前が度々聞こえた。


僕が出会った昨日のあの人は“橋本のあ”という隣のクラスの僕と同じ高校二年生だと知った。


この頃には僕はすでに彼女に惹かれ始めていた。










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絵の中で僕は全速力で走る 照るテル坊主 @miyacoro

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