第二ボタン、ください

りう(こぶ)

第二ボタン、ください

「卒業おめでとう!」


 体育館前では、胸に花を挿した卒業生が、後輩や教員と名残惜しく立ち話を続ける。ひときわ大きな群衆の中心に、抱えきれないほどの花束を持たされた男子生徒の姿があった。

近藤こんどう先輩、卒業しても演劇部のことを忘れないでください!」

 女子生徒が代表して差し出した色紙には、蟻のように小さい文字で、後輩たちからのメッセージが並んでいる。

「ありがとう! また文化祭前には手伝いに来るよ」

 嬉しそうに色紙を見始めた近藤の顔が曇る。色紙の左端に、一人の女子生徒の写真が貼ってあった。

美穂みほが一番、先輩の卒業をお祝いしたかったかなって……あんな事故さえなかったら」

 女子生徒の言葉に周囲の空気が淀む。それを打ち消すように、横にいたヒゲの顧問が明るい声を出した。

「美穂くんも今頃は、天国で近藤くんの門出を祝っていると思うよ!」

 周囲の「そうですね」「きっとそうですよね」という声に、件の女子生徒も顔を上げる。

「ですね。ただでさえ美穂がいないのに、近藤先輩も卒業だもん。すっかり華がなくなっちゃう」

「最後だからお世辞は言わなくてもいいんだぞ!」

 一同の笑い声に包まれ、お開きとなった。


 ***


「──先輩……近藤先輩!」

 門を出ようとしたとき──振り返ると、花束の向こうに見知らぬ女子生徒の姿があった。

「唐突で申し訳ないのですが……第二ボタン、いただけませんか?」

「見ての通り、ブレザーまで全部売り切れちゃってサ。ごめん、君、誰だっけ」

「すみません。私、放送部の中村なかむら結衣ゆいです。田倉たくら美穂みほの友達で、先輩とは初めて話します。これで最後になっちゃうかもしれないけど」

「……そうなんだ」

 近藤の曇った表情を覗き込むようにして、その女子生徒はにこやかに続けた。

「そういえば先輩、W大に行くんですよね。私も狙ってるんです。先輩みたいに優秀じゃないけど」

「……いやいや、」

「でも先輩、本当に卒業おめでとうございます。それと……高校生活最後の5分間を私にくれてありがとうございました。これ、お礼に受け取ってください」

 差し出された結衣の手には、USBメモリが握られていた。近藤が花束を落とさないように受け取り──僅かに触れた美穂の手は、死んだ魚のように冷たかった。

「これは?」

「私の親友の最期の5分間です」

 近藤の顔がサッと青ざめた。

「私、美穂に頼まれて、文化祭公演のビデオ回してたんです。美穂が近藤先輩に渡すビデオレターを作りたいって、聞かなくて……全部回してたんです。楽屋も準備室も、もちろん舞台も舞台袖も。何故舞台装置が動かなかったのか、照明器具が美穂の上に落ちたのか、どんな風に人間の目から光が消えていくか──舞台装置は、先輩の担当でしたっけ?」

 近藤が取り落としたUSBを、結衣はゆっくりと拾った。

「美穂、欲しがってたな、先輩の第二ボタン」

 後ずさりした近藤の片足は、すでに門の外に出ていた。


「ねえ先輩、また、会えますよね」

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