愛された子どもたちが作る、歴史の1ページをご覧じろ!

主人公と一緒に悩みながら読む、王道ファンタジーを摂取したい!!
とにかく世界に没頭したい!!
という方にぜひオススメしたいのがこの作品。少年漫画の快活さと、大河ファンタジーの重厚さをいいとこ取りした傑作です。

住む土地を持たず、各地を旅して生きる流浪の民族「風の民」。
海に囲まれた豊かな小国ユーレへ、十年ぶりにやってきた風の民には、謎の噂がつきまとっていました。

――「風の民が通った後には、奇病が流行る」。

ユーレ国王の娘・ルーシェは、幼い頃に会った風の民の老婆にもう一度会うため、先の噂を知らぬまま、ユーレの首都グライトに滞在する風の民のもとを訪れます。
しかし、探していた老婆には会うことができず。彼女に関する色々な出来事に思いを馳せていたとき、ルーシェは王城の一室で、奇妙な落書きのある本を発見します。
そして、その本の書き込みを目当てに王城へ刺客が侵入してきて――

刺客が残していった不穏な台詞、風の民にまつわる噂の真相、本にあった落書きの意味。
それらの尻尾を掴むため、ルーシェは風の民の旅へ同行することに。
お供に選ばれたのは、国教の頂点である最高神官(サプレマ)の一人息子にして、ルーシェの幼馴染の少年、フォルセティ。「竜」と契約してその能力を借りることができる彼と、道半ばに生き道半ばに死す風の民との、長い旅が始まるのです。

その道中で何があったか、ここで端的に説明するのはとっても難しいので、ぜひ皆様に直接確かめていただきたいところ。
踊り子の友人ができたり、いたたまれない死を目前にしたり。人智をはるかに越えた存在「言霊の竜」に出会い、生と死をはじめ、私たちの世界の「秩序」があまねく普遍的なものではないことを知って、悩んだり。
波乱万丈を乗り越えて、やがてルーシェたちの旅路は、今までほとんど交流がなかったはずの「ガイエル」という国へ導かれてゆきます。

前作「月色相冠」の主人公たちが守った平和を享受しながら育った子どもたちが、次の歴史の1ページを、また見事に作り上げていく。
親から子へ、子から孫へ。受け継がれていくのは血筋だけではなく、愛情や信頼、希望、願い、そして呪いにいたるまでさまざま。そういったものに押しつぶされまいと、自分たちのゆく道を切り開いていく子どもたちの姿が、作中の大人たちに鮮やかな「奇跡」を見せていく。そして、凝り固まった彼らの視界を、びっくりするほどの勢いで変えていくのです。

親子愛や友情、人を信じること。書けば薄っぺらいような言葉たちの、本当の重みを思い知らせてくれます。私も思い知らされました。「これが、大人から子供への信頼ってやつなんだ」と。私自身それを、あまりよく知らなかったものですから。笑

また、道中に出てくる美味しそうな食べ物や、フォルセティのど〜〜にも小学生じみたところ、なんか失礼な側仕えさんたち、けっこう笑えます。けっこう笑わされましたよ!!!
メリハリが効いていて、あっという間の九十余話。一瞬ですが、読み終わったら確実にロスになります。

緻密に織られたストーリー作りに天賦の才をお持ちである藤井さんの能力を、いかんなく発揮された美しい物語。
子どもであることを忘れてしまった現代の大人たちにも、大人からの期待や愛情に疑問を持つ年ごろの子どもたちにも、ぜひ、読んでもらいたい一作です。

げんなりすることの多い現実から、ちょっと逃避したいそこのあなた。
忘れてしまった「大事なもの」をつかみに、流浪の旅はいかがですか。