終章

ある歴史の序文

 ガイエルは、首都アズラスを擁するイェルファン州を筆頭とした十七の州からなる連邦共和国である。

 建国当時の首都ハイロは、遷都から久しく経ち「古都」の呼び名がふさわしくなった現在でもなお、この国有数の都市のひとつである。急峻な山並みを背にして作られた城は史跡に指定されており、今も美しい庭は季節を問わず来訪者が絶えない。


 その城に遺された国祖タイガの蔵書は特に歴史的価値の高い資料として、急逝した第二代国王のあとを継いだ第三代国王シャゼリが修復し、体系的に整理した。その後その蔵書は国立図書館で厳格に管理されるようになったため一般には見ることが叶わなくなったが、このたびの連邦制移行五十周年記念行事にあわせ、その貴重な資料の一部が公開されることになり、話題を呼んだ。


 中でも注目を浴びたのは「シオン州の最初の歴史書」として公開された、二股の尾を持つ白い狼と美しい一対の宝石を表紙にあしらった、表題も著者名もない一冊であった。芸術品のような装丁に加え、内容が非常に詩的・抽象的で、往々にして建国神話として語られるような記述となっていたために、その書が果たして歴史書と呼べるのかは大いに物議を醸した。

 現在その本は、その独特の書体などから、タイガ王の娘たちが編んだものというのが定説になっている。


 ガイエル各地や近隣国を巡り、その歴史や風俗を丁寧にまとめ、シオン州で没した王女クレタ=シオナと、即位前のシャゼリ王とともに訪れた外遊先にそのまま残り、彼の地に埋葬された王女シルカ=ユーリスの手によるとされるその本の序文は、次のとおりである。

 


 銀の海の国より神の歌に導かれ、闇を抜けてシオンに至った王。

 竜を供にその風をつかわし、あまねくきよき金の原を現した。




  〈了〉

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アルモニカ 藤井 環 @1_7_8

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