3:天使


何を間違ったのだろう。

部屋を出てから、廊下を右に進んだことだろうか。

第六感シックスセンスに頼ったことだろうか。

困った時の右手法を使わなかったことだろうか。

心当たりがありすぎて、逆に分からない。

ただ一つ。今の私に分かっていることは。


「迷子だ」


困った。

でもまだ大丈夫だ。

困ったときは、誰かに助けを求めればいい。そうおばあちゃんから教わった。

そして私には、いつも近くに、そのおばあちゃんがいる。


――残念だけど。

  私はマリが知らないことは知らないわよ。

  マリが出来ないことは、私にもできない。


あう~。当てが外れてしまった。

……しょうがない。

奥の手だ。

こんなこともあろうかと、

小さい時からお布団の中で練習してきた必殺技を使う。

今、その決心をした!

本当はこんな時に使う技じゃないけど。

でも、このまま道に迷ってゲームオーバーになるよりは良いはずだ。

やるからには気合いを入れよう。

2度、深呼吸。

それから、大きく息を吸って。

全身全霊で絹を裂く声を出す。


「キャー」


よし。結構良い感じの悲鳴だった。

あとは誰かが駆けつけてくる前に床に倒れておけばカンペキ。

そんな算段をしていると、不意に非難めいた声が聞こえた。


「ちょっと」


ん? でも、どこからだろう?

周りをみるとちょうど真後ろに人がいた。


「心配して来てみたら。

廊下をウロウロして、急に悲鳴をあげて。

何考えてるの?」


シエルさんが、迷惑そうに眉を顰めている。

私は素早く三つ指と額を揃えて床につけた。


「すみません。ほんの出来心なんです。

 迷子になっちゃったみたいで、自力ではもう絶対無理だと思って。

 叫んだら誰か来てくれると思ったんです。

 こんなに近くにいると思わなくて、


「全く、マリって本当に変な子ね」


そんな言葉が、小さな笑いと一緒に頭の上から降ってくる。

土下座をしている都合上、シエルさんの表情は見えなかったけれど、

その声は明るかった。たぶん、許してもらえたのだろう。

肩をポンポンされ、そこで顔をあげた。

シエルさんは笑って手を差し伸べてくれた。

その様子は、天使だった。


「エントランスホールはこっち」

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魔女達は夜を踊る 文月やっすー @non-but-air

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