2:いくら払えばいいのですか?

「マリにとって、魔法ってなに?」


そう言ったのは昔のおばあちゃんだ。どんな話の流れだったのか、それはもう忘れてしまったけれども、おばあちゃんは私に聞いてきた。

私はいろいろ考えて、結局わからないまま、ふんわりとした答えを口にした。


「誰かを幸せにすること」


その答えにおばあちゃんはカラカラと笑った。


「さすが私の孫ね。そう、その通りよ。

雲を寄せて雨を降らせることでもなければ、病気を払うことでもない。

誰かを幸せにすること。それこそが本当の魔法。それを分かっているなら、マリはきっと良い魔女になれるわ。

だからほら、顔をあげなさい。

自分が幸せじゃなければ、誰かを幸せにすることなんか出来ないんだから!」


なぜ今そんなことを思い出したのだろう。

その疑問の答えは、すぐに、わかった。

私は今、猛烈に幸せじゃないからだ。

古城の扉の前で、ストレスにお腹を痛めている。

何事も初めが肝心だ。

でもその初めを、うまくやりおおせる自信が全くない。

扉を開けたら、そこは魔女の釜底だった。

そんな事態だってあり得る。

ダンスパーティをしてるかもしれない。

執事がお出迎えしてくるかもしれない。

回避不可の強制イベントが起こるかも。

上手くやりおおせる自信がない。

ストレスでお腹が痛い。


——貴方は本当、心配性ね。

そんなに失敗するのが怖い?


おばあちゃんが溜め息混じりで言う。

怖い。注射並に怖い。

避けられるなら、避けたい。


——いいわ。そのために私がいるのだから。

全部おばあちゃんに任せなさい。

だから、覚悟を決めてあける!


おばあちゃんの勢いに押されながら、私はお城の扉を開けた。

その先は円形のホールになっていた。

テーブルと椅子がいくつかあって、ゆったりできるようになつくりになっている。何人かが話をしたり、くつろいでいたりした。

その人たちが一斉に矢のような視線を投げつけてくる。


——目を合わせない!


おばあちゃんの声にビクリとして体が固まった。


――大丈夫。矢は当たらなければ意味がない。

  目を合わせなければ、何も怖くない。

そろそろ良いわ。挨拶代わりに、

余裕の一つも見せてあげなさい。


おばあちゃんの声を聞きながら、笑顔を作り、

誰もない空中に向かって会釈をした。

顔を上げると、もう視線を感じることはなかった。

第一関門は無事突破したようだ。

誰にも気づかれないように、小さく息をつく。

後ろ手に扉を閉めながら、周りを観察し始めた。

そんな私に向かって、


「ヴァルプルギスの夜にようこそ」


予想外のことに、思わず変な声が出た。

驚きながら振り返ると、

後ろに背の低い女の娘が立っていた。

扉で、死角になっていた所だ。

綺麗な青色をした眼と、鈍色のミディアムヘアの、可愛らしい女の娘だ。


「私はシエル。よろしくね。

 受付係りをしていたの。あなたの名前は?」


まだドキドキしている胸を押さえて、

何も失敗していないと自分に言い聞かせて、

平然を装いながら名前を言った。


「マリです」

「マリね。可愛い名前」


褒められ慣れていない私は、頭の中が真っ白になる。

街にはお金と引き換えに相手を気持ちよくさせる職業があると聞いたけれど、この場合は、いくら払えばいいのだろう。

そんなことを考えていると、

シエルさんはカードを取り出し私の名前を手早く書き入れて渡した。

どうやらインビテーションカードのようだ。


「あとはコレ。マリの部屋の鍵。

 部屋は2階にあるから、エントランス正面にある中央階段を使って上にあがって。

右側の扉をあけて。その先に部屋があるから、まずは部屋を確認してくるといいよ」


シエルさんはそこまで言うと、一度間を空けた。


「何か聞きたいことはある?」


シエルさんの言葉に、意を決して聞いてみた。


「あまり持ってはいないのですが、

いくら払えばいいのですか?」


シエルさんは一瞬キョトンとして、それから

吹き出し、笑った。


「マリは面白いね。貴女が初めてよ、参加料なんて聞いてきたの。

もちろんタダよ。安心して」


タダですと。

井戸から水を汲むように、快楽が手に入るなんて。

あまりに淫靡で背徳的だ。

それに流されないのも、魔女になるために必要なことなのだろう。

もう一度、気を引き締める。

そして、それを教えてくれたシエルさんには、感謝しかない。


「ありがとうございます」


そう言って、軽く頭を下げた。


「どういたしまして。それは良いとして、早く部屋に行って.荷物を置いてくると良いよ」


頷き、その場を後にした。


――中央階段から2階に上がって、右側の扉を開ける。

「中央階段から2階に上がって、右側の扉を開ける」


おばあちゃんが言ったことを繰り返しながら、部屋に向かった。

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