1日目【古城と魔女たちの宴】

1:夕方と夜の間で

嬉しさが穏やかな波のように、ゆっくりと押し寄せて、掠れた音になって喉から漏れた。

達成感が実感に変わると、目が><になり、歓喜は叫びになった。


「やったー!」


やっとの思いで森を抜けた。

……振り返れば、長い旅路だった。

森に入ってすぐは、期待で胸が一杯だった。

見るもの全てが楽しく、うきうきしながら足が進んだ。

もちろん、そんな楽しい時間は、長く続かないことは幸薄い16年間の経験から知っていた。

楽しいのは最初だけ。その後にあるのは下り坂。沙羅双樹の花の色、だ。

ずっと木ばかりの同じ風景はだんだんに見飽きて来たし、

そもそも道に迷っているじゃないかと、そんな気がしてきた。

少しずつ不安の二文字が大きくなっていく。

変わっていくのは心持ちと道幅だけ。

どちらも細く消えそうになっていって。

でもだ。

道幅は消えてなくなったが、気持ちの方は消えなかった。

途中で何度も心が折れて膝を折った。

不安と恐怖が冷たく硬い爪となって私の精神を削っていった。

何度も心が折れて、ひざを折った。

その度に助けられて、立ち上がり、歩き続けられた。

そうしてやっと、目的地に到着したのだ。


本当に辛かった道のりを思いかえしながら、後ろを振り返った。

広がるのは茜色から藍色に色合いが移り変わる空。

それと、おどろおどろしく木々の枝葉をのばし、

戻っておいで、と手招きをする森。

もう少し遅かったら、夜の森に閉じ込められていた。

本当に危機一髪だった。


「よくやった。よくやったよ、私」


達成感を噛みしめると、

じんわりと体中に広がり、涙がこぼれた。

感動で><。をしている私に、

不意に声が掛けられた。


――感動しているところに、水を差すみたいで悪いけど


その声は溜め息混じりの、呆れたような声だった。


――まだスタート地点にも立って無いこと、忘れてない?


声の方を見る。

そこには、なんども私を助けてくれた女の子が立っている。

長く艶やかなな黒髪をした、凛々しい顔つきの女の子。

腰に手を当てて、ツンとしていた。


「……おばあちゃん」


見紛うことなく、おばあちゃんだ。

もちろん、本物のおばあちゃんではない。

本当はもうずっと前に亡くなっている。

目の前にいるおばあちゃんは、私が作った空想上の友達イマジナリーフレンドだ。

友達のいない私の、唯一の友達。

だから私と同い年くらいの年齢になっているし、

困った時には、私の手を引いてくれる。

そのおばあちゃんは、鼻を鳴らして言った。


――マリのスタートは森を抜けることじゃないのよ。

  あそこでしょ。


そういって、人差し指をピンと伸ばして、向こうを指さした。

その先にあるのは、古びた大きなお城だった。

その古城はお世辞にも、荘厳さや気高さ、華やかさがあるとは言えなかった。

むしろ、夕闇の中にそびえ立つ様子は陰湿で負のオーラを醸し出している。

お城というよりも、祭祀場や秘儀所といった感じだ。

そんな不気味の悪さで、飲み込んだ息が喉を鳴らした。


「怖い。あんなところに行くなんて、無理」


――じゃあ、帰りましょう。


おばあちゃんはそういって、森の方に視線を移した。

真っ暗な森は、風もないのに木の葉が揺れている。

まるで「コっちへおイで」と手招きをしているようだ。

思わず身震いがした。

おばあちゃんの方を見て、首を横に振る。

おばあちゃんは仕方なさそうに溜め息をついた。


――マリの選択肢は2つよ。

  このまま進むか。森を通って帰るか。

  どっちにする?


dead or die. 選べるだけマシ

いやいや、両方イヤだよ。

そんな気持ちでおばあちゃんに助けを求める。

おばあちゃんは笑顔で肩を竦めて見せる。


――お好きな方を、どちらでも。  As You Like  


助ける気は微塵もないらしい。

でもこの状況に、逃げ道はないようだった。


「−−−」


諦めが掠れた空気になった。

それから、涙を振り切って、

親指と薬指を眼鏡にあてて、

すちゃり、と押し上げた。

どちらかを選ばなきゃいけないなら、選ぶしかない。

覚悟を決める。

一度決めたら迷わない。

私は、お城へと歩みを進めた。

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