夏の日に開く
みやこ留芽
夏の日に開く
俺ってそんなに魅力がないのかなあって思う。
だって口づけもまだなんだ。付き合ってもうけっこう経つのに。
真夏日のぬるい風がアパートの部屋に吹く。涼をとるにはまったく不足で、俺の輪郭をなでてはフローリングにしたたる汗を散らすだけのそれはしかし、遠くのぞむ青い海からのものと思えばそう悪くはない。
「あっつい」
俺の目の前に座った彼女が足をあげる。放っておけばスカートまでばたばたやって涼みそうなラフさで。
何か言おうと思った矢先、
「やめとけよ、晴樹の前で。お前ら一応付き合ってんだろ」
俺と彼女以外のもうひとりが言った。彼女がするヘッドホンを意識してか大きめの声は低くはっきりとしたもの。
こちらにはちらとも目を向けず、そのくせ彼女のことは何でも分かるかのような呼吸。そんなところが癪にさわる。ちょっと俺より長い間柄だからってそんなことされたらヘコむ、俺。
「うっさい。いいの、自分たちの距離感とかペースとか、あるでしょ」
彼女も彼女で、まるで親兄弟相手にするように気安くそれをあしらった。俺には
『まあ、好きかキライかで言えば好き、だけど』
なんて他人行儀に言うくせに。
そうは言うけどだよ、ねえ、ヘイ、彼女。
勢いとか温度とか、そういうのも大事だと思いませんか。
このままじゃ俺、気が抜けちゃうよ。そりゃ付き合いはじめはガァンと、高いとこから落っこちたみたいにハシャいでたけどさ。あ、内心ね。俺、外見はわりとクールだから。
けどそれにだって限度がある。いくらクールに取り繕ったって、あんまりおあずけされたらあっという間にぬるま湯だ。『俺のどこが悪いんだ?』とか聞いちゃいそう。だせえ。でも不安。
「ん、終わり」
書いていたノートから視線をあげて彼女が言った。
え? 何が? まさか俺たちの関係が!?
「やっとだな、文芸部のエース。原稿の出来は?」
「バッチリ」
少し遠くから聞こえた声に彼女はピースサイン。
そしてその隣で、今まで一言も話さず本を睨んでいたソイツが起き上がる。
「おつかれ」
「うん」
ぶっきらぼうに、目も一瞬しか合わさない。
「……それだけ?」
彼女の言葉にソイツは気まずそうに寝グセのついた頭をかいた。
「早く読みたい」
「うん、でもその前に」
……ははあん、なんだ、そういうことかよ。
彼女の手が俺に伸びてくる。汗をかきまくってぬるくなったボトルを掴んでキャップに手のひらをそえる。
見ればソイツも、俺と同じキリンレモンを持っていた。
「乾杯」
「カンパイ」
ぷしゅうっと炭酸がぬけていく。彼女は帰りの通学路からおよそ三時間たってようやく俺に口を付ける。
……まあいいさ。上等だ、ぬるくたって気が抜けてたって。
こういう時の味ほど長く忘れないもんだ、意外と。
夏の日に開く みやこ留芽 @deckpalko
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