第28話 万一の時は
●万一の時は
「サニー君を見ていると、ちっちゃい頃の正樹を思い出すわねぇ。くすくすっ」
僕が年少組の頃の失敗話で揶揄う母さん。そんなこと全然覚えてないよ。
「きぃ!」
突然抱っこされて足をばたつかせるサニー君。
「大人しくしてなさい。人間様の子供のように抱っこして上げているんだから。
ヒューマンアニマルは、人間様の役に立つ為に生かして貰っているのよ。
パティーが正樹の目の代わりをしたりする為に飼われているわんちゃんなのと
電気を作るために一日中歩かされるわんちゃんや、鞭で打たれながら車を牽くお馬さんと比べたら、天国でしょう」
「みぃ~」
サニー君は渋々ながら同意して、大人しくなった。
シュッシュッと擦る音がする。母さんがサニー君を撫でている。
「ほんと、可愛いわね」
返事は無く、ただサニー君のゆっくりとした息遣いだけが聞える。
「こうして可愛がられて居ればいいなんて、ヒューマンアニマルでも特別幸せな仔だって言うのは判ってるでしょう?
おまけにサニー君みたいな人猿は、人犬や人猫なんかと違って人間様みたいに二本足で歩いてもいいし、お
お洋服を着せて貰えなくて、誰かの持ち物で人間様に飼って貰わないと生きて行けない他は、殆ど人間様と
「みぃ」
なんだか苦しそうな声のサニー君。
黙り込んだサニー君の息遣いが少し荒くなって、
「みぃ!」
悲鳴のような鳴き声が上がった。
立ち上がった母さんが、足早に移動してガラリと縁側の戸を開けた。
パタパタと草に掛かる音に遅れて、おしっこの臭いが漂って来る。
「間に合って良かったわ。サニー君、抓んで止めて痛かったでしょう。
ごめんなさいね。お猿さんのおトイレの躾が凄く大変で、お漏らししやすい事を忘れていたわ」
「母さん……」
知りたくはなかったが、僕は何が起こったのかを正確に理解した。
そんなドタバタの後で晩御飯。
パティーはペットじゃなく僕のパートナーだから、ヒューマンアニマル用のペットフード以外も食べさせているけれど、サニー君は純然たるペットだ。
「食事の時、それあんまり嗅ぎたくないんだけど。
他のに変えられない? パティーみたいに人間様のご飯も食べて害はないんでしょ?」
この臭いが我慢ならない。空気中に漂っているだけで、口にしない僕がご飯を吐いちゃいそうだ。
サニー君の餌をくさす訳じゃないけれど。変な臭いがしてるんだ。
でも、ペットフードってこんなに臭かったっけ?
僕はパティーが来た頃に試しに食べてみたことがある。確かに臭くて不味くてパサパサして、口の中にこびり付いて来るんだけれど、充分なお水があるなら食べられる。オートミールやピーマンみたいなもので、薬だと思えば飲み込めるんだ。
でもあのお水はダメだ。うっ。すっぱいものが込み上げて来た。
「また鼻が鋭くなったわね。匂いを嗅ぐ訓練しているせいかしら。
でもね正樹。この仔はこれがご飯なの。一生これだけを食べて生きて行くのよ。栄養もあるし、虫歯にもならないし。病気にも罹り難くなるの」
「餌じゃなくてお水。なんでそんなに変な臭いがするんだよ」
「でもこれ、必要な栄養を溶かし込んでいるのよ」
「いいから普通のお水に替えて、うっ……」
僕は急ぎトイレまで行って、胃の中の物を盛大にぶちまけた。
気が付くと、全身にぽつぽつと発疹が出ている。匂いを嗅いだだけなのに、どうしてこんな風になってしまうんだろう。
これが普通のペットの餌なら、万一の時は人間未満になる前に自分で選ぼう。
人間として生を終える事を。
僕とパティーの白い絆 緒方 敬 @minase_mao
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます