第27話 黒歴史

●黒歴史

 ただならぬ声に駆け付けてみると、正樹に四つん這いのお尻を向けているサニーの姿。

「ああ。サニー君が何か失敗しちゃったのね」

 お猿さんの取る劣位のポーズ。後ろ足を広げ、背中を反らしてお尻を持ち上げた牝豹のポーズだから、お尻の穴が丸見えになって居る。見方を変えると、トイレットトレーニングを始めた赤ちゃんが、お尻を拭いて貰う時の格好のようでもあった。


 人間未満が定義されヒューマンアニマルが誕生した当初から、倒錯的とか反倫理的とか言われつつもその手の需要は確かにあった。

 制度誕生当初より四肢と耳や尻尾を除くと人間のまま。中味だって脳も声帯も内臓も手を加えていない。隠して行えば、そんな動物相手に人間相手だと出来ない事をして楽しむことも、黙認されていたそうだ。

 隠さねばならないのはもちろん、そんな倒錯した趣味に対して不快感を示す人の人権を守るため。特に未成年に見られてしまうのは社会評価ポイント的にかなりなマイナスとなって居る。


 とは言え。今ではすっかりヒューマンアニマルが社会に定着して着た為、内緒の用途も半ば公然と成って来た感がある。最近の最小加工ブームもその結果で、行く所まで行き着いたモデルの一つがサニー君のような裸人猿はだかひとさるだ。

 なにせ手足首の先を除けば、まるっきり人間のままの身体なのに。犯そうが殺そうが自儘になる動物なのだ。

 人間同士にビクトリア王朝時代並みの性的倫理が要求される時代において、丁度良い捌け口として次第に認められて来た。

 そして万一ペットを孕ませてしまったとしても、近頃はメスのヒューマンアニマルに出産を代行させることが増えて来たから、お腹の膨れた人犬や人猫を見掛けることも多い。幾らでも誤魔化せるのだ。

 さらに一歩進んで飼い主がその気ならば、書類上卵子バンクから提供を受けた形を作れる。つまり本来人権を持たないヒューマンアニマルに産ませた仔を、出産代行させた人間様の子供として飼い主の戸籍に入れる事も可能になっている。もちろん、今でも建前上は拙い事には違いないが。


「正樹。サニー君の上に跨るか、そのまま後ろから圧し掛かりなさい。そうやって初めて、サニー君は赦して貰ったと理解出来るのよ」

「って、こう?」

 言われた通り、サニー君の後ろから圧し掛かる正樹。

「くすっ」

 学生時代の友人を思い出して思わず笑い声が出た。特別腐れた趣味はないけれど、仔犬や仔猫が戯れている風情があり、純粋に可愛いのだ。

「正樹、もう充分よ。サニー君がほっとしているわ」

 マウントされて赦しを実感したサニー君の顔は明るい。

「じゃあ、しっかり温まってから出るのよ」

 ちっちゃな子供に言い聞かすように告げて、風呂場を出た。


「母さん。疲れを取るつもりが疲れちゃったよ」

 正樹が床に、抱っこして戻って来たサニー君を置くと、お風呂でのぼせそうになった幼児がするように、手も足も投げ出して仰向けに横たわる。ばっと開いた後ろ足の間には、可愛い仔雀のように鎮座するオス猿の印。

「なんだかとても懐かしいわね」

 団扇で涼を取る正樹のちっちゃい頃と、サニー君が重なる。

「うふふ……」

 つい思い出し笑いをした私の耳に、

「母さん?」

 心配そうな正樹の声が飛び込んで来た。


「サニー君見てて、昔の正樹を思い出していたのよ」

「え?」

「ちっちゃい頃の正樹は歳の割に身体が大きくてね。良くおっきな子に間違えられて居たのよ。

 だからはだかんぼが大好きで、お家の中ですっぽんぽんでいた正樹を見て、お客さんがびっくりしてたわよ」

「ええっ!」

 動揺してる動揺してる。一人前の口を利くようになったけれど、まだまだ子供ね。

「くすっ」

 ちっちゃい頃の黒歴史。ちゃ~んと教えてあげるわよ。


「まあちゃん。恥かしいでしょ?」

 と叱る私に、

「恥かしくないもん」

 と、ことさらお股を広げて涼む正樹。お風呂上りなど身体が火照って咽喉が渇くのか、犬のように舌を出してはぁはぁ遣ってたっけ。

 年中さんまでは、やんちゃで裸のままお外に飛び出す事もしばしば。あの頃は愛玩用のヒューマンアニマルを一匹飼っているようなものだったわね。


 私は少しサディスティクな思いに駆られ始めた。

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