第26話 ウブなメス犬

●ウブなメス犬

 正樹が浴室に行った。

 デート先で何かあったのだろうか? いつもはあんなことしないのに、今日はパティーを抱き上げた。

 女親には話し難いのか、悩みがあってもいつの間にか話してくれなくなった正樹。

 幼稚園の頃までは毎日園で有った事を色々話してくれたけれど、学校へ上がってからは段々と少なくなって行き、今の学校へ進むと決めた後からは完全に無くなってしまった。


 最近はおしゃべりも出来る事が判ったパティーのお陰で、幼稚園の頃の様に話を聞けるようには成ったのだけれど。今日はパティーのお休みの日だ。

 でもパティーに示した態度は、悪い兆候ではない。


「唯ちゃん。さっきのまぁちゃんどう思う?」

 反応の違いを最も感じたパティーに聞く。


「いつものまぁちゃんと違うよ。お尻を触る手が、電車の人に近かったよ」

「電車?」


「うん。まぁちゃんと学校行く時の電車。

 いつもパティーの事、可愛いって撫で撫でしてくれる動物好きな人達がいるの」

「良かったわね」


「くすぐったくて笑いそうになるけど、きちんと我慢してるんだよ。パティー偉いでしょ」

 お仕事中は何をされても声を上げないのが盲導犬の躾だ。

「ほんと偉いわね」

 床のパティーを抱き上げて、ちっちゃい子のように膝の上に座らせる。

 言葉が話せると判る前から、こうしてお仕事が終わったパティーを甘えさせて来た。


「唯ちゃん」

「はーい」

「本当に唯ちゃん、こうされるのが好きね」

「うん!」


 高い視点や、人間だった頃の記憶も加味されて、パティーお気に入りのスキンシップだ。


「学校行く電車には、動物好きな人が多いのね」

「うん。とっても動物好きだから、お股の穢いとこまで撫でてくれるの」

 初めて知ったこの事実。


「それってどこかしら?」

 動揺を抑えて良く聞くと、

「お尻の穴やおしっこのとこだよ」

 慌てて、

「それ。パティーはどうなの? 嫌でしょ?」

 と聞きなおす。するとパティーは、

「嫌じゃないよ。くすぐったいけど気持ちいいもん」

「そう……」

 それしか私には言えなかった。


 そう言えばこの仔。どんな性教育を受けているのだろう?

「お股の事はどう教わったの?」

 聞いてみる。

「幼稚園の時、おトイレの時は前から後ろに拭きなさいって。あと大事なとこだから他所の他人ひとに見せちゃ駄目って。見せたらお嫁さんに行けなくなるよって」

「そうなのね」

 幼稚園の段階で止まっていた。


「でもわんちゃんに成る時、お股隠しちゃ駄目って教わったの。

 わんちゃんに成ったらお嫁さん行けないし、わんちゃんの身体はご主人様のものだからって。

 可愛い仔はついいじめちゃう人が多いから、痛いことされてもされるままにしてなさいって。

 それにね。パティーのお股は物凄く臭くて穢いの。そのままだと痒くなるから、人間様に綺麗にして貰わないといけないの」


「そう。ところで……」

 少し嫌な予感がして聞いてみる。

「どうしたら赤ちゃんが生まれるのか、知ってるかしら?」

 パティーはにこにこしながら、

「ずっと仲良しにしてたり、うんと可愛がって貰ってると出来るの」


「はぁ。やっぱり……」

 本当に何も教えられて居ない事が良く判った。


●どうすりゃいいの?

「きゃははは!」

 人間の子供のような笑い声を上げているのは、裸人猿はだかひとさるのサニー君。

 母さんに言われた通り、手で泡立てた石鹸で身体を洗ってやっているんだけれど、どうにもくすぐったがり屋さんだ。


 この仔も最近流行の最小加工のヒューマンアニマルだ。

 触れた感じ、髪の毛と眉毛まつげ以外毛が無く、ちょっと手足の指だけが人間様と違うだけの仔だから、もし僕の目が見えたなら、やたらと肌色が多過ぎる生き物なのに違いない。


「きゃはは! きゃっきゃきゃ」

「サニー君大人しくして。人間の言葉を話せないようにされてても、言葉解るよね。僕はお仕置なんてしたくないなぁ」

「キィ!」

 立たせて洗っていたサニー君が、悲鳴のように鳴いたかと思うとその場でしゃがんだ。いや、僕に背を向けて四つん這いになったみたいだ。

「えーと。これどうすればいいの?」

 何となく、謝っているとか服従しているとかを示すポーズで、裸人猿はだかひとざるとして教え込まれたものなんだろうと思うのだけれども。どう応じたらいいのか判らない。

 何もしないでいるうちに、サニー君の鳴き声が段々と悲痛さを増して行く。

 本当に困り果てて僕は呼んでいた。

「母さ~ん!」

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