傭兵乱舞C.Q.B.【#戦闘シーン祭り】 (C)Copyrights 2018 中村尚裕 All Rights Reserved.

中村尚裕

傭兵乱舞C.Q.B.【#戦闘シーン祭り】

 困に窮したような部屋の片隅、貧相なテーブル上に並べて部品。

 それを慣れた手つきで組み上げて拳銃――コルトM1911A1ガバメント。

「そいつがあんたの得物かい?」隣の男が興味深げに、「骨董品だねェ。.45口径たァまた大砲だな」

「9ミリなんざ」弾倉を装填、遊底を引いて弾丸1発を薬室へ。「使うヤツの気が知れんね」

 再び弾倉を抜いて、流れるように弾丸1発を込め直す。

「戦闘ってなァ数よ数」語る男にロシアの面影。「豆鉄砲じゃあるまいし、嫌う理由が解らんね」

「名前を聞いてなかったな」弾倉を再び銃把へ戻して、「俺のことはアランとでも呼んでくれ」

「俺のこたァボリスでいいや、よろしくな」

 ボリスが差し出して右の掌。

「当てても撃ち返されてりゃ世話はない」アランは掌へ眼もくれず、「それでくたばったヤツを知っててな」

「そいつァお気の毒」

 ボリスが引っ込めた右手で懐を開いた。ショルダ・ホルスタから左手で慎重に愛銃をつまみ出す。

「ベレッタM93R――こいつの三点連射なら心配ご無用よ」そこでボリスは片眉を軽くひそめて、「スチェッキンのフル・オートならなおいいがね」

「現地調達で手に入らんような難物は当てにならんね」鼻先で一蹴してアラン。「乱れ撃ちならMP5があれば済む」

「言うことが違うねェ」ボリスはむしろ満足げに、「根っからの傭兵稼業かい」

「ロマンティストは」アランの返事は素っ気ない。「さっさとくたばる世界だからな」

「ロマンティストと言やァさ」ボリスが示す書類2枚に目標のプロフィール、トップに踊る〝ゼウス〟と〝イェフゲーニィ〟の暗号名。「反政府ゲリラってなァ、究極のロマンティストってヤツじゃねェのかい?」

 アランにふと苦笑い。「違いない」

「テロ屋に傭兵をぶつけるたァ」ボリスも片頬だけを持ち上げる。「雇い主様も焼きが回ったな」

「どっちが負けても掃除にはなるってわけだ」アランに鼻息一つ、「涙の出るエコロジィだな」

 ドアにノック。

「掃除の時間だとさ」ボリスが肩をすくめる。

 やはり貧相なドアを軋ませて、目付きの悪い男が顔を出す。「行くぞ」

 その背後に、くたびれたバンがエンジンをかけたまま待っていた。


 バンに揺られて小1時間。

「正規軍が作戦に入った頃合いだ」腕時計を覗いて運転手。「ゲリラ本隊は陽動に成功したと見るはずだ。〝会談〟の予定に変更なし――いいな?」

「で」ボリスに皮肉声。「目標を狩るのは場末の傭兵、しかもたったの2人だけ?」

「スパイがいるのは承知の上だ」機械よろしく運転手。「正規軍を動かせば途端にバレる。人数が多くてもやはりバレる。バカ高い報酬ふんだくっといて言う科白か」


「〝配達〟はここまでだ」バンを止めた運転手が振り返る。「合流地点はここ、作戦時間は30分――3、2、1、マーク」

「マーク」ボリスの左手首にはタグ・ホイヤーのアクアレーサ。

「マーク」アランにはシチズンのプロ・マスタ。

 バンから降りれば、薄暗いスラムが口を開けて待っている。

「あんた」歩くボリスに怪訝声。「時間にゃルーズな方なのか?」

「いや」アランの声は素っ気ない。「精度なら1000ドルの電波時計で充分だ。そっちこそ追い剥ぎに遭いたいのか?」

「言うねェ」ボリスに会心の笑み。「俺はいいモノにゃカネをかける主義なんだ。あの世にゃカネは持ってけないぜ?」

 こじ開けられたポストの横、すれ違いざまの少年から――アクアレーサへ素早く手。眼も向けもせず、ボリスがひねり上げてその手首。

「騒ぎを起こすな」アランが小さく苦い声。

「だとさ」ボリスが少年の耳へ、「次ァ挽き肉にしてやるから忘れんな」

「この世に未練は」アランは青ざめた少年には眼もくれず、「多いに越したことはない」

「傭兵まで落ちぶれても?」からかうようにボリス。「くそったれな世の中だ。こっちァくたばるまでせいぜい楽しむとするよ」

「そういうヤツに限って」アランが構った風もなく、「生きたがりだったりするもんさ」

「見てきたように言うねェ」ボリスが片頬を持ち上げた。

「実際に見てきたからな」一瞬、アランに遠い眼。「ま、人それぞれってヤツだ。好きにするさ」


 目標のビルはスラムに埋もれたような4階建て。

「おい、そこで何してる?」

 2人が非常階段へ回ったところで、剣呑な眼つきの男が見咎めた。

「いや何」左腕1本でボリスを制し、アランは男の前へと進み出る。「道に迷ってね」

「犬っころが」嫌悪の色も露わに男。「とっとと消えな」

「道を教えてくれないかな」言いつつアランが歩を進める。「困ってるんだ」

「知ったこと……」心底から面倒臭げに男が吐き捨て――そこで。

 踏み込んだ。衝き込む。貫き手。喉。

 喉笛の砕ける、その手応え。

 さらに踏み込み。右の爪先を男のみぞおちへ。

 前へ出た顎へ下から掌底。骨の感触と鈍い音。男が宙返り、後頭部から地面へ倒れ込む。

「うっわ」ボリスが出して舌。「えげつねェ……」

「ぶっ放すよりよっぽどマシだ」アランが痙攣する男の懐から銃。

 男のショルダ・ホルスタからベレッタM92。右足首のホルスタからはベレッタ・ナノ。男の体を裏返してベルト後ろから予備弾倉とジャック・ナイフ。

「さっさと始めるぞ」

 9ミリの弾倉をボリスへ手渡し、アランは非常階段へと足を向ける。


 非常階段を上って2階、さらに3階へと抜けるところで――階下に小さくロックのシャウト。

「気付かれたか?」

 足元へ眼を投げたボリスに舌打ち。音源は明らかに先刻の男、察するに携帯端末の着信音。

「まだだ」アランには振り返る気配もない。「3階に仕掛けるぞ」

「いいけどよ」足を早めたボリスが追い付く。「クィーンだったぜ。ちょいと同情するね」

「じゃ降りるか?」振り向きもせずにアラン。

「ご冗談」ボリスに苦笑。

「なら黙ってろ」

 3階の非常扉、ドア・ノブへアランがプラスティック爆薬C-4を貼り付ける。遠隔信管を突き刺すと、

「急ぐぞ」さらに上、4階へ。

 階下、クィーンの声がサビにさしかかったところで止んだ。

「気付かれたな」

 慌てた風もなくアランが非常扉のロックへC-4を盛る。遠隔信管を突っ込んで壁へ背を預けると、

「耳塞げ」

 神妙にボリスが耳を塞いだことだけ確かめて起爆スイッチ。

 ドア・ノブが吹き飛んだ――3階。

 騒然――非常扉越しにもそれが判る。

 ボリスがアランへ傾げて小首。アランはショルダ・ホルスタからガバメントを抜きつつ、ただ指一本を口元へ――と。

 足元、非常扉を鋭く叩く音。それが複数、立て続け。

 ボリスが片眉をひそめる。アランが今度は懐からスタン・グレネードM84。

 ひときわ重い音が階下で弾けた。非常扉が軋みを上げる。

 ボリスがショルダ・ホルスタからM93R。

 階下に2度めの軋みが走り――、

 3度目に合わせて起爆スイッチ。眼前、ドア・ロックが吹き飛んだ。

「3――、」

 開いた非常扉へM84を放り込む。

「2――、」

 M84が床に跳ねる硬い音。

「1――、」

「何事だ!?」狼狽混じりの声が中から洩れる。

 ――ゼロ。

 閃光――そして爆圧。

「ゴー!」

 ガバメントを視点に擬しつつアラン、非常口から低い姿勢で中へと滑り入る。


 非常口の端から、ボリスがM93Rの照星ごと眼を覗かせた。

「無茶しやがる……!」

 閃光に視界を灼かれ、衝撃に五感を打ちのめされた人間は、しばし判断力を喪う。ただしそれも5秒か、稼いでもせいぜいが6秒というところ。

 対して、アランの歩調はといえば。

 雑魚を撃ち倒すでもなく、ただ目標の部屋を目指して一直線。

「掩護ァ俺に丸投げかよ……!」

 ぼやく間にも起き上がりかけた1人へ9ミリ弾を一撃。

 4階中央、主の間と見える扉の横へ張り付いて、アランがボリスを指招き。

 ボリスが道々の敵4人に9ミリ弾を見舞いながらアランへ向かう。その先、アランはM84を階段口へ投げつつC-4をドア・ロックに仕掛けていた。

 階段口、敵が銃口を覗かせる。

 切り替えた。三点連射。M93Rが照準もそこそこに襲って階段口。跳弾が当たったか敵に悲鳴――そして閃光と爆圧がその場に荒れ狂う。


「馬ッ鹿やろ……!」

 追い付いたボリスの文句も聞かず、C-4を起爆。アランはドアを引き開けて中へとM84――が。

 ――床に音が、ない。

 一拍遅れで乾いた音――至近。

「飛び込め!」

 反射で叫んでアランは床を低く蹴る――向かって斜め左横。追って閃光。駆けて爆圧。

 ――そして迎える銃口が3つ。

 うち2つは執務デスクの陰。

 そしてもう1つは――ドア正面。

 ボディ・アーマを着込んだ大柄の金髪男――イェフゲーニィ。手には突撃銃AK-47のシルエット。

 それが――アランへ間を詰める。


「丸見えかよ!」

 背に爆風、駆けて右。ボリスが照星越しに巡らせて視点――敵の数は合わせて3。

 うち執務机の陰から2人がボリスへ銃口、ドア正面から背後側、アランへ跳んで影1人。

 掩護は――間に合わない。敵からの着弾跡がボリスの後を追いかける。

 咄嗟にセレクタを切って三点連射、執務机へ弾丸を流す。

 敵の頭が引っ込んだ。右手の横壁を蹴ってボリスは急転身、部屋の奥へ。


 ――近い。

 狭い部屋で突撃銃は取り回しに難を抱える――撃つことを目的にしたならば。

 だがイェフゲーニィはAK-47をアランへ衝き込む――先端に銃剣。

 咄嗟に横、廊下に面した壁を蹴る――紙一重、銃剣が空を衝く。

 アランの背に側壁の打撃、そこへAK-47が薙ぎかかる。

 受け身もそこそこに蹴って床――奥へ。肩から飛び込んで床面、斜め前へと転がり刃をかわす。


 三点連射。ボリスは執務机へ弾幕、斜め前から間を詰める。

 ありきたりの事務机ではないものと見えて、当たった9ミリを相手は気にする風もない。

 視界にはアランとイェフゲーニィ、その手にAK-47、先端の銃剣が空を薙ぎ――。

 振り抜いた銃口がボリスを向いた。


 起き上がりざまにガバメント。

 反射、アランが大男へ流して狙点。身体が覚えた動作そのまま引き鉄に力。

 AK-47の咆哮、ガバメントの撃発――ほぼ同時。


 ボリスが勢い余ってつんのめる。

 無様に転がり、文字通り痛覚が脳天へ突き抜けた――と、そこで知る。

 痛覚――すなわち生きている、その事実。

 と、顔を上げる。執務机の陰、中の二人、床の影――。

 銃をアランへ向ける、その気配。


 金髪の下に憤怒の瞳。それがアランへ振り向いた。

 その右手からすっぽ抜けたAK-47の銃床に――.45インチの弾痕2つ。

「危ねェ!」

 ボリスの声を聞くが早いか、アランの身体が反応した。

 蹴って床、跡に弾痕。

 そのままアランは部屋を横断、敵の死角を目指して走る。


 ボリスは掩護ついでに三点連射、弾幕を張りつつ執務机へと突っ込んだ。

 気付いた敵が執務机を回り込む。相手から牽制の盲撃ち、それが2発。

 構わず行きかけ――背筋が冷える。

 執務机の後ろ側、床を転がるシルエット――マーク2手榴弾。

 間に合わない。ボリスは床を横蹴り、執務机の前へと転げ込む。


「手榴弾!」

 ボリスの警句が耳に届く。反射で伏せたアランが視点を巡らせた。執務机前にボリスの姿を捉え――、

 連想――ボリスの安全、敵の位置。

 ――執務机のその後ろ、垣間見えて手榴弾。

 一も二もない。床上すれすれ、ガバメントを撃ち放つ。

 爆発――。

 手榴弾の表面が不規則な破片となって全周を襲う。執務机は見る影も失い、アランの頬にも浅く傷。

 と、そこで。

 気付いた。振り返る。執務机の陰、最も離れた床上に――、

 イェフゲーニィ――その手元。AK-47と眼が合った。


「野郎!」

 ボリスも気付いた。

 狙いもそこそこに三点連射、イェフゲーニィの意識を引き寄せる。

 その視界――真横。

 執務机の陰から、昏い銃口が覗いていた。


 アランが一撃――。

 執務机の陰から覗いた手へと.45ACP。

 拳銃のシルエットが弾けて跳ぶのも見届けず、アランはイェフゲーニィへガバメント。

 だが遅い。金髪の下に会心の瞳、その下にAK-47が見せて銃口。


 M93Rのセレクタを弾く――単発へ。

 ボリスに理解、この一発――次はない。

 引き鉄に力を込め――、

 AK-47とM93R――ほぼ同時。


 M93Rの9ミリ弾が、イェフゲーニィのボディ・アーマへ食い込んだ。

 AK-47の7.62ミリ弾が、アランの肩をかすめて過ぎる。

 イェフゲーニィの瞳に兆して理解――そして憎悪。

 アランに理解――9ミリ拳銃弾では、ボディ・アーマを貫けない。ただ揺さぶりをかけたに過ぎない、そのことに。

 そして憎悪のイェフゲーニィへ狙点を据える。


「待て!」執務机の陰から声。「そこまでだ!!」

 頭へ叩き込んだ、それはゼウスの証に他ならない。

 途端に掌――イェフゲーニィがAK-47から手を離す。

 そこで理解――ゼウスが言葉を向けた先。要はイェフゲーニィへ向けての科白と悟る。

 視界の片隅、割れた窓の光を背負い、執務机の陰からゼウスが銃口――擬してアラン。

 アランはイェフゲーニィから狙点を外さない。

「で?」アランの口に問い。「こいつとあんたの命は要らないのか?」


 執務机の陰から、ボリスがM93R――擬してゼウス。

 そのボリスへまた銃口。執務机の陰からもう1人。

「逆に訊こうか」ゼウスに反問。「お前達の命は要らないのか?」

「俺達が狙ってるのァ」ボリスに冷や汗。「あんたの命なんだがね」

「傭兵というのは」冷ややかにゼウス。「リアリストだと思っているがね」

「で、何が言いたい?」アランから問い。「命乞いにしちゃ高飛車に過ぎやしないか?」

「取り引きだよ」諭すようなゼウスの声。「共倒れは最悪の結果だ――そうは思わないか?」

「俺達もあんたも命は惜しいってわけだ」ボリスが口を挟む。「で、俺達に手ぶらで帰れってか?」

「命なら大した拾い物だろうに」昂然とゼウス。「それとも私と心中するのが望みか? 狂信者でもあるまいし」

「時間稼ぎなら」端的に衝いてアラン。「そこまでにしてもらおうか」

 廊下にゼウスの部下が集まる――その気配。

「イェフゲーニィさえ無事なら」ゼウスが言い放つ。「お前達をそのまま帰そう」

 イェフゲーニィを冷たく見据えてアラン。「どこに保証が?」

「そうだな」ゼウスが静かに歩を横へ。「拳ででも語ってみるかね?」

「見世物にするもんじゃない」アランに苦い声。

「どちらにしろ」ゼウスが銃を机へ置く。「お前達の命は我々が握った」

 途端、入り口に銃の列。

「となれば」机の横、ゼウスが歩を刻む。「今ある命は言わば余録だ。私を撃ち殺して共倒れを選ぶか、殴り倒して命を拾うか――試す価値はあると思うが?」

「おいおいおい」ボリスに呆れ声。「俺はシカトかよ?」

「知った顔のよしみというものだよ」ゼウスが腰を落とした。「今でも〝アラン〟で通しているのか?」

「ちょ、ちょっと待て!」ゼウスを狙ったままボリスが口を開ける。「アラン、あんた一体何者だ?」

「さてな」アランが床へ置いてガバメント。「〝語るは無用、訊くは無作法〟――傭兵稼業じゃイロハのイだ、覚えとけ」

 身体を起こす所作にも、アランは隙を覗かせない。眼はゼウスを捉えて離さず、低い位置からバネを溜め――そこで止まる。


「で」アランが発して声。「命とロマンを懸けた殴り合い、ロマンティストにルールってヤツはあるのか?」

「そうだな」応えるゼウスの片頬に笑み。「お互い、命だけは取らないようにしておこうか。あとはギブ・アップくらいは認めるとしよう」

「命の保証は?」片眉だけ踊らせてアラン。

「公平なことに」ゼウスが顎で示してボリス。「お互いを見張る銃口がある。ルール違反にはその場で鉛玉――これでどうかな?」

「数が違う」アランに不満顔。

「そう言うな」ゼウスの声を皮肉が彩る。「いつも数には泣いているんだ。たまには悪役面も悪くない」

 鼻息一つ、アランが静かに、大きく――息。


 言葉が絶えた。

 空気が凍る。

 場に静寂、満ちて緊張、ただ闘志。

 ゼウスが右足をわずかに前へ――誘い。

 アランは応じない。互いに間合いにはまだ遠い。低い姿勢――右足を前に、左脚は膝もつかんばかり。

 ゼウスがさらに右足を、わずかにアランへ――。

 弾けた。同時。地を蹴る。遠い。

 踏み込む。深い。伸び上がる。

 ゼウスの右足が深く前へ。アランの右足が伸びを打つ。深い。

 そこへゼウスから左足。すくい上げるような、それは蹴り。

 アランが踏み込んだ左足、溜めた力で床を横蹴り、斜め上方へ跳び上がる。

 かすめるゼウスの脚を逃れた先に――壁。

 踏んだ。右足。勢いをそのままバネに替え、斜め上からゼウスに跳びかかる――首へ。

 と、すかさず落ちてゼウスの左踵。上体もろとも打ち下ろす。その頭上をアランがかすめて過ぎた。

 肩から床へ。アランは勢いそのまま前転、その背後を斜めに薙ぎ上げてゼウスの左足。空を切る。

 右脚に溜めたバネを活かして、アランは左下から背後斜め上へ回し蹴り。

 勢いそのままゼウスが軸足で床を蹴り上げた。その上体がアランの左足から逃れ出る――と空中で半回転、正面をアランへ向け直して床を踏む。

 アランも収めて左足、腰を落とす。

 両者が踏み込む。同時。深い。

 最高の間合いでゼウスから貫き手。アランの腕が――わずかに緩い。

「――!」

 ゼウスが気付く。手を止め――かけたところでアランの右腕が貫き手をわずかに横へと逸らす。

 抜ける。背後――即ち死角。

 ゼウスが踏み込んだ左足に力。咄嗟に背を丸めつつ横蹴り――、

 その腹へアランが右の膝。

 崩れた。巻き込む。脚を取る。

 もろともに転倒。ただし絡めて右の脚。アランがゼウスの膝関節を極めていた。


「な……!」

 ボリスに絶句。

 ルール違反を弾丸で咎めるどころの話ではない。軌道も速度も狙点で追うには奇抜に過ぎる。

「冗談だろ、おい……!」


「膝は砕いていいんだったか?」

 アランから問い。

「この……!」

 血気に満ちた声は入り口から。

「待て!!」

 ゼウスが止める間もなく銃声一つ――血臭。

「――ッ!!」

 声にならない悲鳴は銃声の元から。その喉元、突き立ったものは――ジャック・ナイフが一本。

「誇りを捨てるか、ロマンティスト?」アランから冷たく飛んで声。

「ギブ・アップだ!」ゼウスが宣言。「ギブ・アップ! 戦闘やめ!」

「聞いたな!」

 太くその場を圧して声。主は大柄の金髪男――イェフゲーニィ。

「ゼウスの意志だ! 文句のあるヤツは出てこい、俺が相手になってやる!」


「マジで帰しやがったよ、あいつら」ボリスに怪訝声。

「〝究極のロマンティスト〟だからな」ボリスの言葉を突き返してアラン。「付け込む時は付け込むさ」

 二人の前にはスラムの薄暗いストリート。懐に抱いた武器はそのまま、ただし金になる獲物もない。

「まァ土産と言やァ」ぼやき半分にボリス。「カーフ・クラッシャなんて大技、実戦でお眼にかかれるたァ思わなかったがね」

「WWEのファンだったのか、お前」とぼけてアラン。

「けどよ」ボリスがアランへ向けて怪訝顔。「よく寝技になんて持ち込んだな」

「動けなくなったヤツから的になるからな」アランの声にも確信の響き。「戦場なら」

「てことは何だ」ボリスがいよいよ訝しむ。「確信犯かよ。あの取り引きといい、ゼウスとよっぽどの因縁持ちだな、あんた」

「言ったろう」アランに澄まし顔。「〝語るは無用、訊くは無作法〟――傭兵稼業のイロハのイだ」

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