七味唐辛子
「ねえ、後輩ちゃん」
「はい。何ですか先輩」
「お、お水持ってないかしら……」
「ええ、どうぞ」
「ありがとう。んっぐ……」
「唐辛子辛い料理を食べた後に水を飲むと逆効果だって知ってました?」
「――!?!?!?」
『七味唐辛子』
「で、七味唐辛子の七つの味が気になってそのまま食べたら予想以上に辛かったんですね」
「……ええ。そして可愛い可愛い後輩ちゃんにイジメられたところよ」
「そんなの裏返して原材料名の欄を見れば一目瞭然じゃないですか」
「カンゼンニモウテンダッタワ……」
「ちなみに辛い料理を食べたときは牛乳が効果的ですよ」
『七味唐辛子の原材料』
「後輩ちゃんに言われて見てみたけど、モノによって結構バラつきがあるのね」
「確かに。柚子の皮を使ったものや、県の特産品だけで作っている物もあるみたいですね」
「そういうわけで、今回は七味唐辛子の老舗『やげん堀』の七味を参考にしましょう」
「七味にも老舗があるんですねえ。一度食べてみたいです」
※やげん堀公式HP(オンラインショップ有)【http://yagenbori.jp/index.html】
『やげん堀の中身』
「さて、その中身だけど『唐辛子、焼唐辛子、山椒、
「陣皮を除いて聞いたことのある名前ばかりですね。意識して食べたことはないですが」
「元は漢方も参考にしているそうね。少し薬臭いのはそれが原因なのかしら?」
『唐辛子、焼唐辛子』
「ではそれぞれの成分について見ていきましょう。まず唐辛子から」
「言わずと知れた中南米原産のナス科の辛い果実ね。ピーマンやパプリカもこの仲間よ」
「日本ではハバネロやジョロキアなんて名前も有名ですね。擬人化すると南国育ちの活発な辛口元気っ娘って感じでしょうか。辛さ=痛みですしちょっとバイオレンスな一面もあるかもしれません」
「カプサイシンという辛味を感じる神経を刺激する物質が多分に含まれていて、その割合に応じて『スコヴィル値(単位:SHU)』というものが定められているわ。唐辛子が含まれる製品の辛さを確認する指標として覚えておくと良いわね」
「一般的な唐辛子(ハラペーニョ等)が3,500-10,000SHU、ハバネロ等が100,000-350,000SHU、ブート・ジョロキアが1,001,304SHU。2013年にギネスに登録された世界一辛い唐辛子『カロライナ・リーパー(カロライナの死神)』は2,200,000SHUにものぼるんだとか(※現在はさらに辛いものが有ります)」
「ちなみに警察官のトウガラシスプレーの原液(通常は数十倍に薄める)よりも辛い『ザ・ソース(7,100,000SHU)』というホットソースも販売されているそうよ。『このソースを使用した事故で販売元を訴訟しないこと』という注意書きがされていて、直接ではなく調味料として使う事が前提だけれどね」
「日本で一般的な『鷹の爪』が約50,000SHUだそうですから、どれだけアホみたいな辛さなのかが分かりますね……。人を撃退するための物の数十倍以上だなんてもはや攻撃に等しいと思うんですが」
「そういうフリークな人はさておいて、唐辛子を摂取すると体が温まり食欲が増進されるメリットがあるわ。他にも防虫効果や防腐効果(ただし食中毒には効果なし)、さらには血行促進に伴った間接的な育毛効果まであるんだとか」
「米びつに唐辛子を入れる話はよく聞きますね。今年は猛暑ですから、自分に合った辛さを楽しんで夏バテを乗り切ってくださいね」
「世の中には16,000,000SHUを誇る『デスソース 16 MILLION RESERVE or 6 AM RESERVE』という物が……」
「それはカプサイシンの結晶でもはや液体ですらないやつでしょうが! 自分に合った辛さで!!!」
『山椒』
「続いては山椒ね。じつはミカン科に属する日本原産の植物よ」
「山椒は小粒でもぴりりと辛いと言うように、小さな実ながら独特の香りと刺激が爽やかな香辛料です」
「食用としては若葉、実、花、果皮と場面に応じて様々な使い方をされるわ。うな丼なんかにパラパラとかけるのは果皮を乾燥させた『粉山椒』が多いわね。すぐに香りが飛ぶからしっかり密閉して保管するのよ」
「他にも幹は『すりこ木』の上等品として加工されたり、『毒もみ』といって山椒のシビレ成分を利用した漁法があったりと生活に身近な存在です」
「健胃作用の生薬としても有名ね。前述のうな丼のように料理の臭み消しとしても有用で、筆者は山椒焼きでキンキンの麦茶を飲んだりするのが好きよ(下戸)」
「また、栽培が難しいという面もあります。アゲハチョウの幼虫に葉を食い尽くされてしまったり水がたくさん必要なのに水はけが悪いと根腐れしてしまったり、植え替えの際に突然土の質が変わってダメになることもあるんだとか」
「擬人化すると小柄で生活感があるけれど病弱な娘ね。でも芯は強いから決して存在感の薄い娘ではないわ」
『麻の実』
「アレ? この麻ってもしかして……」
「まさしく『大麻』そのものよ」
「七味って麻薬だったんですか!?」
「実に陶酔作用は無いから大丈夫よ。それに処理してあるから七味を土に蒔いても大麻は生えてこないわ」
「良かった……」
「植物としての大麻は古代から人間と共に生きてきた歴史あるものよ。急速に成長して二酸化炭素を大量に消費、そのうえ茎の繊維質は様々な加工が可能なことから環境に良い植物なのでは、と見直されているのよね」
「麻袋なんて言うと有名ですね。弥生時代の布は麻製がほとんどだったそうですし、戦後にGHQによる規制が入るまではかなり当たり前な植物だったみたいです」
「神話や神事にもその名前が見られたり『すくすく育ってほしい』という願いを込めて子供用の着物の柄になっていたりと文化的な意味も持ち、七味への利用もごく自然なものだったわ。現在では規制によるそういった歴史の消滅と麻薬の危険性のジレンマが社会問題にもなっているようね」
「陶酔作用から医療でも鎮痛剤として世界的に使われていて、全身に作用させることができるのでかなり重用されています。アメリカでは『嗜好品』として認めている州もあるように国によって扱いも様々で、厳罰化している国では種の所持=七味の持ち込みでも罰せられる可能性があるので注意しましょう」
「実を食用として見ると脂肪酸のバランスが良くたんぱく質が豊富で栄養満点よ。鳥のエサになったり搾った油をアロマに用いることもあるみたい。漢方としては便秘に効果があって、
「麻に紛れて生えたヨモギは下を向かず真っすぐに育つことから『麻の中の
「擬人化すると古風な考え方でリーダー気質の真面目ちゃんかしら。お堅い中で育てられて早熟してしまったのかもしれないわね。ただし『酔う』と変わるから注意よ」
『黒胡麻』
「続いて黒胡麻。美味しいですよねー。七味の中でも結構香りを感じます」
「皮の色によって白胡麻、黒胡麻、金胡麻(黄胡麻)と分けられるわ。黒胡麻は香りが強いから七味に最適なのね。日本では輸入品がほとんどで、国内ではあまり生産されていないみたい。比較的育てやすく生育後は乾燥にも強いけれど、反対に湿気には弱いから気をつけてね」
「ご存知の通り食用として人気です。料理のいろどりに便利ですよね。そのままだと香りが出にくいので炒ったり擦ったりしてあげると良いですよ。市販の胡麻も使う前に軽くフライパンで炒ってあげるだけで香りが段違いです。お試しあれ」
「胡麻油も有名ね。香りを抑えて製油したものはマッサージにも使われるそうよ。全身に胡麻油を塗るって言うと何だか変なプレイみたいだけど」
「栄養が豊富なことでも知られていますね。胡麻に含まれる『セサミン』は肝機能の強化や細胞の老化とガン化の防止に効果があるとされています。カロリーがお高めなのはご愛敬。おやつ代わりに食べてると結構クるので気をつけてください」
「その姿から小さな点を『ゴマ』と形容することも多いわ。近年はアレルギーの人向けに消費者庁から原材料に使用されていることの記載を推奨(小麦等とは違い義務ではない)されるようになったわね」
「擬人化すると地味めな服を着こなす小柄なオシャレ女子ですね。そばかすがチャームポイントでお腹にお肉がつきやすいのがコンプレックスです。対人関係は少し相性を気にするタイプ。ただし人見知りではありませんし皆から人気です」
『陳皮』
「さて、問題の陳皮よ。これは植物の名前ではなくマンダリンオレンジ(日本ではうんしゅうみかんで代用)の皮を乾燥させた漢方の名前なの。『陳旧な皮』で陳皮ね」
※陳旧……長く時間が経過して古くなっていること。
「陳皮の中でも比較的新しい物を香り付けとして料理に用いるようです。七味もその一例ですね。柑橘系の甘くて爽やかな香りは味噌に混ぜても美味しく、お茶(茶外茶)として楽しむこともできます。中華料理ではスパイスとしても扱われますよ」
※茶外茶……茶の木以外から採れた材料を茶として楽しむもの。麦茶もこれに含まれる。
「生薬としての効能は健胃や食欲増進をはじめ、鎮咳薬としても使えるわ」
「みかん味の風邪薬ですか。子供が喜びそうです」
「お風呂に入れても良いわね。前述までの物と違ってみかんの皮を乾燥させるだけだから、家でも作ろうと思えば作れるみたいよ。ただし農薬や光沢剤が塗布されていることも多いからあくまでも要下調べ&自己責任でね」
「薬としては古ければ古いほど良いとされるそうで、最低でも10日、中には10年単位で乾燥させたものもあるんだとか。完成する頃には風邪も治ってますね」
「擬人化すると年上(やわらかい表現)のお姉さんかしら。しっかり自己主張はしてくるんだけど一緒にいると落ち着けて、料理上手なうえに優しく看病までしてくれるわ。座右の銘は『亀の甲より年の劫』よ。ツッコミ待ちだとしてもイジりづらいわね」
『芥子の実』
「さてラストです。芥子の実って名前は聞いたことがありますけど、芥子自体はあまり知らないですね」
「後輩ちゃんは『アヘン』って知ってる?」
「……アヘン戦争の原因になった麻薬ですよね? 藪から棒にどうしたんですか」
「芥子はアヘンの材料よ」
「また麻薬かよ! やっぱり七味=麻薬じゃないですか!」
「芥子の実(種子の部分)自体には麻薬成分(モルヒネ)はほとんど含まれていないし、世界中で厳格に取り締まられているから安心なさい。もちろん七味を庭に蒔いても芥子の花は咲かないわ」
「うーん……」
「そんな芥子、じつは園芸で有名なポピーの仲間なのよ。むしろポピーがケシ科なんだけどね。海外ではアヘンの採取できるこの種を『Opium poppy』、園芸用の種を『Corn poppy』と言い分けてるわ。ポピーが日本語だと『
※
「炒ると香ばしくなって、プチプチとした食感でも人気ですね。七味の他にはあんパンや京都のお菓子『松風』、海外でもお菓子や料理に広く使われています」
「アヘン戦争後に規制されるまでは日本の大切な資金源でもあったわ。品種改良によってモルヒネの含有量が多い種の開発に成功した日本は当時統治下にあった台湾相手に莫大な利益を上げたそうよ。その影響で種子が全国に残っていて問題になることも少なくないのだけれどね。有名なところでは元プロ野球選手の板東英二の親戚宅の庭に偶然咲いていた写真が話題になったわ」
「芥子は移植が出来ず、種から育てる必要があります。背が高く綺麗な花を咲かせるので満開の時期の芥子畑はとても幻想的な風景なんだとか。と言っても日本では栽培環境の規制が厳しく、世界に数少ないアヘン輸出可能国でありながらその栽培は国営のものや研究機関ばかりで、芥子の実もインドからの輸入に頼っている状態です」
「花が枯れた後の子房から分泌される液がアヘンの原料になるわ。生育が容易でお金になることから絶えない密造がしばしば社会問題としてあげられるわね。胡麻同様に種が非常に小さいことから『芥子粒』なんて言葉もあるわよ」
「擬人化すると名家の箱入り娘って感じですかね。可愛らしい見た目に合わず商才や人心掌握に優れています。女の子らしくお菓子が大好きだなんて一面もありそうです」
『七味と麻薬』
「さて、じゃあまとめを……」
「……」
「あら、どうしたの後輩ちゃん」
「七味の原材料を見てきたわけですが、麻薬と同じだと思うとどうにも信用が……ぐぬぬ」
「麻薬麻薬って言うけれど、麻薬が問題視されるよりも七味をはじめとした食料品の方が歴史が古いのよ。あのコカ・コーラにも最初の頃は
「理屈は分かるんですが……」
「後輩ちゃんの感覚も大切だと思うわ。
「そうですね……今後うどんを食べる時に七味が使えないだなんて寂しいです」
「ええ。あたりめの皿に七味マヨが乗っていないだなんて考えられないわ」
『まとめ』
「では改めて七味唐辛子の中身についてのまとめを」
「マゾ向けの辛口擬人化美少女ハーレム?」
「それはだいたい筆者のせいです。ゲストにでも登場させようかと考えていたそうですが文字数がヤバそうなので諦めたんだとか」
「真面目な話をすると、漢方の流れを汲んだ歴史ある日本の調味料ね。体を健康にしてくれるのはもちろん、美味しさでも私たちの食卓に欠かせない存在だわ。美少女たちが健康を気遣ってくれるなんて最高ね」
「筆者の個人的なお気に入りは『胡麻ちゃん』だそうです。絶望的な色彩センスをしてるくせにお洒落っ子なんて書けると思ってるんですかね」
「あら、辛口ね」
脳内でJKを会話させ、私は知識欲を満たす にとろげん @nitrogen1105
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