KAGAYAKI
いりやはるか
KAGAYAKI
「何が嫌って、私はおしゃれだって自分なりに頑張ってるし、メイクだって勉強したし、ダイエットも頑張ってるし、かわいくいようって思って、一生懸命やってるのに… あなたみたいなのにしか好かれないのが悔しくて嫌なの」
そう言って翔子ちゃんは泣き出してしまった。
花火終わりの火薬の匂いがまだ残る河川敷。
あたりは薄闇に包まれていて、僕らの周りには夏の涼やかな夜風が吹き抜けていた。視線を少し遠くにやると、荒川を挟んで対岸の工場群に灯るランプと首都高につながる国道の街灯の明かりが見える。遠くで誰かの笑い声が聞こえる。夏の夜には笑い声の方がよく似合う。
決して、少女のすすり泣く声であってはならない。そう思う。心から、そう思う。
花火をしようと言い出したのは竹本くんで、普段竹本くんと会話すらまともにしたことがない僕が誘われたのは何かおかしいな、と思わなくはなかった。
「ミートさあ、戸田さんのこと好きなんでしょう?」
ミート。いつからかそれは僕のあだ名になっていた。
そのままの意味だ。肉。僕は165センチ、93キロ。まあ、デブだ。高校一年の男にしては背も高くないし、スポーツは全般的にダメ。おまけに勉強もたいしてできないし、ファッションセンスはゼロ。というか興味はない。追い打ちをかけるように何をしても治らない吹き出物が両頰にびっしりできていて、小学6年の頃母親と買いに行った銀縁のメガネをこめかみに食い込ませてかけている。そう、見た目はコントに出てきそうな「オタク」だ。
「なに、それ…」
竹本くんに突然そんなことを言われて僕は口ごもった。
だって、本当のことだったから。
でも戸田さんのことを好きだなんて、いままで誰にも言ったことがない。第一、僕にはそんな個人的なことまで話せるような友達なんていないのだ。
「隠さなくていいから。全部石橋に聞いてるから」
思い出した。石橋くんは勉強もスポーツもできて背も高くて顔もいい。
おまけにクラスで一番かわいい女の子と付き合ってる。嘘みたいな人間だ。おまけに誰とでも分け隔てなく接してくれるので男女問わず人気者。そう、嘘みたいな人間だ。というか、結局全部嘘だった。
確かにほんの少し前、確か体育の時間の着替えの時に石橋くんが僕に話しかけてくれた。体育館までの移動の最中、「クラスの女子の中で一番だれがかわいいと思うか」という話を石橋くんにされたのだ。
石橋くんのような人気者に話しかけられて、それだけで嬉しくなっていた僕は戸田さんの名前をぽろっと出してしまった。
その時の石橋くんの「戸田さんいいよね!明るいし、優しいし」という言葉をよく覚えている。石橋くんと竹本くんはいわゆるスクールカースト上位組の仲良しだ。最底辺オタクの僕の情報は筒抜け、ということらしい。
「今度俺たちさ、戸田さんも呼んで何人かで花火やろうと思ってるんだけど、ミートも来ない?そこでさ、戸田さんに告白するっていうのはどう?」
今思えば、何もかも自分が悪いのだ。
結局僕は竹本くんたちのひまつぶしの道具に使われたにすぎない。
どこかでわかっていたはずなのだ。それなのに、僕はもしかしたら戸田さんと近づけるチャンスかもしれないなどと、頭の片隅で思っていた。
成功するはずのないキモいデブオタが舞い上がって女の子に告白する様を隠れて見て、大笑いする。傍らにはかわいい女子。イケてる男子と女子の、夏の夜の健全な娯楽。犠牲になるのは最底辺のキモオタと、地味でおとなしい、優しい女の子だ。
花火の最中、竹本くんと石橋くんは他のイケてる女子たちと楽しく花火をやっていた。
僕は風に火が消されないように気を配ったり、みんながすぐ花火をできるように袋から出したり、飲み物が切れたら買いに行ったり、とにかくみんなが楽しめるよう黒子に徹しようと決めた。石橋くんはそんなときも「ミートも一緒にやろうよ」などと僕の方を見ずに行って、女の子たちに「石橋くんやさしー」と言われていた。残酷な優しさと、素直な厳しさは、どちらの方が辛いのか、ふと考えた。竹本くんも石橋くんも瓶に入ったおしゃれなお酒を飲んでいた。
戸田さんはイケてる女子グループに誘われて来たらしく、どうして自分が呼ばれたのか戸惑っている様子だったが、一生懸命楽しもうとしていた。
普段制服姿しか見ていなかったが、その日の彼女はふんわりしたワンピースを着ていて、髪の毛も普段のように後ろで縛らず、おろしていた。普段の彼女と同じ、決して派手ではないけど、清潔で、可憐な姿だった。少し困ったような表情で、それでも花火を手に楽しそうにする彼女を見て、僕の中で彼女に対する思いが募った。
「ミート、俺たち飲み物買いにいくことにするから、今の間に告白しろよ」
竹本くんがだいぶ酔いの回った口調で僕の方に手を回し言った。酒臭い息が鼻をつく。
「今の君なら、きっと大丈夫だよ」
石橋くんが言う。石橋くんがそう言うと、大丈夫な気になってきた。
戸田さんはいなくなる吉江くんたちを不思議そうに見つめ、それから残る僕を見た。緊張で卒倒しそうな僕は、多分50回くらい噛みながら、思いを伝えた。
入学式で見かけたときから、素敵だと思っていたこと。
美術の時間に消しゴムを貸してくれたこと。
朝玄関ですれ違ったときに「おはよう」と笑顔であいさつしてくれたこと。
彼女にとっては本当に何気ない、なんでもないことだったのだろうけど、僕にとってはそれがどれだけ輝かしい、素敵な思い出になったのか。
僕はそれを彼女に伝えたつもりだった。
なんとか言い終わると、彼女の肩が震え始めた。
彼女は泣いていた。そして、言ったのだ。
「いやだ…」
「何が嫌って、私はおしゃれだって自分なりに頑張ってるし、メイクだって勉強したし、ダイエットも頑張ってるし、かわいくいようって思って、一生懸命やってるのに… あなたみたいなのにしか好かれないのが悔しくて嫌なの」
それからのことは、正直あまりしっかり覚えていない。
たしか彼女に謝って、すぐにその場から立ち去ったと思う。
遠くから笑い声が聞こえていて、それは今から思うと竹本くんたちだと思うのだけど、それについてどうこう言う気力ももう、なかった。
自転車を漕いで家に帰る道すがら、戸田さんを泣かせてしまったことの後悔が断続的に全身を襲い、何度も叫びだしたくなった。ハンドルを握る手に力が入り、爪が手のひらに刺さる。視界がぼやけ、自分が泣いていることに気がつく。
家に戻ると母親が「早かったわね」と声をかけてきて、それが余計に悲しかった。
部屋に入り、パソコンを立ち上げ、いつもの恋愛シミュレーションゲームを起動させる。
名前を「戸田翔子」に設定してあるキャラクターとの最初のデートイベントだった。
「ともくんとのデート、とっても楽しかったよ! 次は、いつ会ってくれるかな?」
ディスプレイの中の戸田さんが言う。
そうだ、僕の名前はともゆきだ。ミートじゃない。
「次はいつなのかな…」
いつの間にか声に出ていた。
ごめんね、次なんか、きっと永遠にないよ。僕と君は、永遠に結ばれることなんかないんだから。
暗い部屋の中で明るく輝くディスプレイの中で、二次元の戸田さんはいつまでも僕ににっこりと微笑んでいる。僕は体を丸め、そのまましばらく眠ることにした。
目が覚めれば、きっと全部夢だったと思えるんだ。
おやすみ。戸田さん。おやすみ。僕。
KAGAYAKI いりやはるか @iriharu86
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます