第4話

 退勤して車に乗り込み、磐音はふと思い出した。



 高校3年生の夏休み。家にいると祖父母の目が険しくて、逃げるように学校の自習室に通った。

 祖父母が朝食を摂っていたため、同席を遠慮し、食事を抜いて家を出ようとしたときだった。

「ガンちゃん」

 玄関で勇貴が待ち伏せしていたのは。

 高校1年生だった勇貴は、呑気に夏休みを満喫していた……はずだった。

「お弁当、持っていきなよ」

 手渡されたのは、ラップに包まれたサンドイッチと太めの水筒。水筒のふたがコップになっている

「うちのレタスとトマトと、お中元のベーコンでBLTサンドをつくってみたんだ。水筒は冷たいコーンポタージュ。受験勉強頑張って」

 彼女かよ、と磐音が冗談で突っ込むと、つくってみたかったんだよ、と勇貴はむきになった。

 そんな勇貴の頭をぐしゃぐしゃに撫で、磐音は学校へ向かった。

 昼休憩に水筒を開け、コーンポタージュが冷たいことを忘れて息を吹きかけてしまった。

 とろとろのコーンポタージュは、呼気だけでは表面が揺らがない。

 磐音は目頭が熱くなるのを感じた。



 次に勇貴に会ったら、そのことを話してやろうか。勇貴はきっと「忘れた」とそっぽを向くだろうけど。



 磐音も勇貴も、お互いがうらやましくて、心のどこかで遠慮があって、でも好きなように生きている。

 多分、今の距離感がちょうど良い。

 実の兄弟とかそうじゃないとか考えずに「ガンちゃん」と「ユウちゃん」という認識の、及川家の家族という距離感が。



 【「コップの中の漣 ~もみじ、ひとひら~」完】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コップの中の漣 ~もみじ、ひとひら~ 紺藤 香純 @21109123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ