第3話

 磐音の母親は、磐音が2歳のときに病気で亡くなった。

 父は、磐音が4歳のときに冬山登山で行方不明になった。

 両親は親戚と疎遠で、父の友人だった及川氏が磐音を養子にしてくれた。

 及川の親も、勇貴も、磐音に優しかった。

 しかし、及川の祖父母と地元の目は厳しかった。

 磐音が良い成績を収めても、「所詮は捨て子」と吐き捨て、勇貴ばかりが可愛がられた。

 磐音は勇貴がうらやましかった。

 うらやましい気持ちは、コップの中に広がる漣のように揺れ、コップの縁からあふれそうになった。

 そんな気持ちにふたをするべく、実家から離れた大学に進学をした。

 祖父母からは散々嫌みを言われた。「大学に行って良いのは、うちの子である勇貴だ」と。

 祖父母に対して、及川の両親が「磐音はうちの子だ」と言い張り、磐音は無事に大学を卒業して放射線技師の資格も取得した。

 それに対して勇貴は、「勉強が苦手なんだよ」と高卒で公務員になった。



「俺、ガンちゃんがうらやましかった」

 水を飲み干して、勇貴が呟く。

「頭が良くて、大学も卒業できて、国家資格まで取ったガンちゃんが、うらやましかった」

 また、だ。心に漣が立つ。

「……急にどうしたの」

 心に漣が立ったことを気づかれないようにしながら、勇貴に訊ねる。

「急じゃないよ。ずっと思っていた。爽やかなイケメンで頭脳明晰で医療関係者って、モテる要素盛りやがって」

「は? ユウちゃんこそ、イケメン公務員だろうが」

「俺はイケメンじゃねえよ」

「俺こそイケメンじゃねえよ。フツメンのつもりだ」

 磐音は、ぬるくなった煎茶に口をつけた。

 勇貴の彼女が看護師のユニフォームを着たら可愛いんじゃないか、とか馬鹿話をしていると、PHSで呼ばれてしまった。

 休憩時間は終了。磐音は仕事場へ戻る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る