第6話 ラストダンス

 それにしても、どうして我が家のベランダなのでしょう。


 三度目ですよ、女王様~。


 こう申し上げては何でございますが、お隣は空き家で築城を邪魔する者もいませんし、しかもウチよりも作り易そうな軒下がたくさんございましてよ。お庭だって、あなたのお好きな低灌木がたくさんあるではありませんか。

 なぜ、そちらじゃございませんの?




 ああ、もし彼女とお話しできるのであれば、ぜひ訊いてみたいその『理由』!


 スズメバチやアシナガバチは、人家の近くに巣を設営します。なぜでしょう?


 ハチは巣の崩壊を招く可能性がある気象の変化や、外敵の侵入を避ける場所に巣を作るという習性があるのだそうです。そう考えれば、住家は営巣に最適な場所だったのですね。


 さらに自身の生まれた場所をよく覚えていて、帰巣する習慣があるのだそうです。


 信州長野県辺りでは昔からハチの子を食べる習慣がありますよね。

 肉食をあまりしなかった時代、海の無い信州では、ハチの子(&イナゴ)は貴重なタンパク源だったのだそうです。

 このハチの子の親が地蜂クロスズメバチ

 地中に埋まった地蜂の巣からハチの子を採取するのですけど、この採取の仕方が独特でユニーク。

 地蜂取り(「スガリ追い」とも)の際、目印を付けたエサを地蜂にくわえさせると、巣に帰ろうと飛ぶ姿を必死で追いかけ探し当てるという風景をTVで拝見したことがあります。

 あれは帰巣本能を利用した採取方法ですよね。


 そう考えれば、女王が築城予定地(ウチのベランダの軒下)に難なく戻ってくるのも理解できます。


 では、なぜうちのベランダに来るのでしょうか?

 お隣との違いは何でしょう。


 主人や子供たちにはベランダ栽培のお花やハーブの鉢を指摘されましたが、これは違うでしょうね。だってアシナガバチは、肉食系なんですもの。

 彼女らの好物は、イケメンならぬイモムシやケムシでしょ。(乙ゲーにハマる女王蜂がいたら、それはそれでネタになりそうですが……)


 いろいろ情報収集などをした結果、ひとつの仮説が浮かび上がりました。

 ベランダには、洗濯物を干します。その洗濯をする際、我が家も柔軟剤を使用するのですが、最近娘の好みで香りの強いものを使用するようになったのです。フローラルアロマとか申します、甘い香りがする製品を。


 もしかしたら、この香りに惹かれたのではないでしょうか?


 やはりハチも甘い香りがお好きのようで、昨今のフレグランス系の柔軟剤の香りに惹かれ、洗濯物に張り付いてニアミス勃発事件が多々あるとのこと。

 そういえば、洗濯物の間をフワフワ飛んでいますものね。ズバリ「犯人は柔軟剤きみだ!」と確定は出来ませんが、容疑は濃厚かと思われます。

 これは娘に交渉して、柔軟剤の香りを変えた方がいいかもしれません。(残念ながら、交渉は決裂。柔軟剤の変更は却下されました。ふえ~ん)


 そんなことを考えながら、わたしは時間の過ぎるのを待ちました。



 午後、彼女が出かける……巣から離れる時間を。


 



 わたし、(主人のように殺虫スプレー散布場所を)失敗しませんから!


 女王様、イタチごっこもこれまでといたしましょう。


 この日は幸い天気も良かったので、午前中に干した洗濯物も、昼過ぎには乾いていました。まだ彼女が巣から飛び立つ前に、取り込める物はさっさと取り込み、その後の作戦のために備えます。


 彼女もなんとなく不審そうな顔をして(勝手な推察ですから!)おりましたが、余計な刺激を与えることは避けつつ、彼女の巣の真下に干してあった物も慎重に片づけていきます。

 ついでにハンガーの位置も、そ~っとそ~っと横にずらして、スプレー放出の為のスペースを確保しておきます。


 その日に限って彼女はなかなか動こうとはしませんでしたが、三時過ぎにベランダに行ってみると、巣は留守になっていました。


 四時前には、彼女は戻ってきます。経験とお勉強の成果で、それは知っています。攻撃は迅速に行わねばなりません。


 ごみばさみを右手に、左手にカウンターGブリ用殺虫スプレーを握り、わたしは忍び足で巣に近づきます。

 辺りを見回し、小さな黒い影が急襲してこないかを確認します。視界を邪魔する洗濯物はありません。


「視界良好、敵影確認されず」


 風上から侵入。噴霧した殺虫剤が自分に降りかかるのを防ぐためです。


「目標、十一時の方向」


 攻撃開始です。右手を伸ばし、ごみばさみの端で巣を落としました。ハスの実型の巣本体と軒の屋根部分をつなぐ足のような部分もこそげ落とします。そして間髪入れずに左手の殺虫スプレーを、


発射ファイエル!」


 巣のあった場所とその周囲に集中砲火……ならぬ集中攻撃! です。


 巧みに下部に並べられた鉢への散布は避け、彼女の城のあった場所とその周囲のみに攻撃は限ります。念入りに吹きかけますが、自分が流れ弾……いえ殺虫剤を浴びてはいけません。一歩二歩と後退しながら、落ちた巣を潰すことも忘れませんでした。


 短時間で攻撃を切り上げると、わたしは安全地帯である室内へとすみやかに退却したのです。









 その後、わたしは女王の姿を見かけてはいません。


 彼女はどこへ行ったのでしょう。今度こそ安全な場所を見つけ、城づくりに着手しているのでしょうか。


 三度目の巣を落としたとき、彼女の巣が以前より貧弱だったことが気になっていました。制作時間が短かったこともあるのでしょうが、短期間に営巣と産卵をたったひとりで繰り返していたのですから、疲れていたのかもしれません。


 お互いにゆずれない戦いでした。


 今もベランダに出るとき、巣のあったあたりを見る癖が抜けません。黒いスリムな影を探してしまうのです。






 でも――――。

 また巣を見つけたら、迷わず退去していただくように働きかけるでしょうけど!!



 覚悟しいや、ですわよ。




 フフフ、まずは木酢液を撒こう……っと。








*** あとがき ***





 女王様とのにらみ合いのストレスから生まれたこのお話。「どうせ半分は妄想よ」と、小ネタ満載でお送りいたしました。

 最後に詰め込んだ「木酢液」ですが、あの煙をいぶしたようなにおいは虫が大層嫌がるそうで、虫よけの効果が期待できるのだそうです。その上、植物は元気になる。一石二鳥ですね。


 これにて、このお話はお開き。ここまでお付き合い、ありがとうございました。

 親切なあなた(女王蜂ではなく)に、またお会いできることを祈って幕を引きましょう。

 それでは、また。

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女王様とわたし ~とある攻防戦のゆくえ~ 澳 加純 @Leslie24M

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