女王様とわたし ~とある攻防戦のゆくえ~
澳 加純
第1話 女王来たる
彼女が初めて我が家にやって来たのは、梅雨の合間の良く晴れた午後。
なんの前触れもなく――いいえそういえば、二~三日前にも、洗濯物を干している時に、ちらりと黒い影を見たような。
とにもかくにも、たったひとり、ふらりと我が家にやって来たのでした。
スレンダーなボディに、黒を基調として、アクセントカラーに黄色を利かせたクールな装い。
長い脚を揺らしながら、彼女は悠然と周囲を散策したのち、わたしの制止も聞かずその場所に腰を据えてしまったのです。
露骨に嫌な顔をするわたしを無視したまま、彼女は「女王然」とした態度で、さっさとおのれのすべきことを始めていたのでした。
彼女の名前は知りません。でも種族はよく知っています。
そして、その役割も。
彼女は女王。
アシナガバチの、これから巣を作り、繁殖をしようとしている女王蜂なのです。
彼女は仕事熱心でした。
しきりに頭を動かし、巣作りに没頭していました。
その様子を観察しているのは大変興味深いのですが、わたしとしてはそうも言っていられない事態の勃発です。
彼女が巣を作ろうとしているのは、ベランダの屋根の下。
風通しも良く、雨が当たらない場所です。外敵も、ここならやってこないでしょう。
――と、踏んだらしく思われます。
しかし、そこはわたしが困ります。
そんなところに巣を作られたら、洗濯物が干せないではありませんか!
わたしは六本足の物体は苦手です。観察は好きですが、触ることやお世話などはNGです。以前、カブトムシのメスをGブリに見間違えて、殺虫剤を振り掛けた前科持ちです。
ご本家Gブリに至っては、一蝕必殺。「見たら殺せ」が合言葉です。
丸めた新聞紙で叩き潰す、もしくは熱湯をぶっかける……、殺害方法は数あれど、その死体の処理が出来ないのが悩みの種。夫や娘、息子に「ねえねえねえ~」と、お願いするしかありません。深夜に夫を起こして、片づけていただいたこともありましたっけ。
それはそうと。
今回の問題は、アシナガバチです。
ハチもダメです。足が六本あるからということもありますが、以前刺されたときに、大変な目に遭っているからです。
もう何年も前ですが、洗濯物をたたもうとトレーナーの袖に腕を入れたら、「チクリ!」とやられてしまいました。
刺された痛みは血管注射の針ほど痛くなかったのですが、見る見るうちに腫れあがり、刺された箇所は右手首の上十センチほどのところだというのに、肘の上まで真っ赤に変色。熱を持ち、ひじを曲げるのも困難なほど以上に腫れが拡がり、痒みというより痛みを感じました。
蚊の毒でも大きく腫れる体質なのですから、ハチの毒はかなり強烈な反応を示すようです。
幸い皮膚科で処方された抗生物質の薬が効いて、なんとか事なきを得ましたが……。
もう刺されたくないんです!!
彼女は大人しい性格ですから、目の前で洗濯物を干していても、すぐ手前にある物干しざおに掛っているハンガーを取るために手を伸ばしても、じっとしています。
時折飛び回りますが、攻撃してくることはありません。やんごとなきお方は、いきなり過激な行動に出ることは無いのです。
それでも彼女は、三時間後には、小さな小さな釣鐘型のお城を築いていたのでした。
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