リッケンバッカー

いりやはるか

リッケンバッカー

 あたしがギターをやっていると言うと、Fが弾けなくて挫折した?だのSHISHAMOのコピバンでしょ?だの、あれでしょ、アンプ内蔵のぞうさんの形したやつでしょ?だのとさも「自分は知ってるんだぜ」的マウントを取ろうとしてくる音楽やってましたor音楽現在進行形でかじってるおじさんというのが世の中多すぎてゲロが出そうなんだが、世間ってそういうものだと思ってるし、そんな風に世の中がクソでいてくれるからギターやってるってとこもある。持ちつ持たれつ。破れ鍋に綴じ蓋。ラブ&ピース。ノーモアウォー。


 残念ながらあたしは身長こそ153センチだが指だけやたら長いので大抵のバレーコードはその辺のおじさんより上手に抑えられるし、何よりSHISHAMOのコピーはしないし、弾いてるギターはリッケンバッカーだ。


 とはいえ、あたしがリッケンを使うようになったのは椎名林檎の影響だから目糞鼻糞を笑う、と言われてしまえばそれまでなんだけど。

 「椎名林檎聞くの!?」と音楽かじってるおじさんはここで必ず食いつくんだけど「はい、幼稚園の頃母親がよく聴いてたので、一緒に聞くようになって」と言ってやると大体黙る。

 当たり前だろ、自分が今何歳だと思ってんだよ。椎名林檎が四十だぞ。お前の心はピーターパンか。エターナルドリーマーか。おとなしく村下孝蔵でも聴いてろよ。


 スタジオの練習にまっつんは必ず遅刻してくる。

 LINEがなかなか既読にならないな、と思っていると汗をかいた気色の悪いおじさんのスタンプが送られてきて「いまむかってる」「一本のりそこねた」と送ってくる。スタジオには今のとこ週1で入ってるけど、100%遅刻するので最近まっつんには30分早い入り時間を伝えることにした。そうしたらこちらの小細工を知っていたのかと思うくらい、まっつんもきっかり30分遅れてくるので、もはや面白くなって最初の30分はしのちゃんとあたしで練習する時間に充てることにした。

 「ごめん!すまん!申し訳ない!」

と3種類の謝罪の言葉を言いながらまっつんはスタジオに登場した。きっかり30分遅刻。逆に体内時計正確なんじゃないかと思う。

「これお詫び!」

と言ってコンビニのビニール袋をざしゅ、とギターアンプの上に置く。ちらっと見るとあたしの好きなコロロが入っていたので「許す」と言った。しのちゃんはやさしいので「待ってたよー」とだけ言った。この子は本当にやさしい。変な男に騙されないでほしい、とそれだけが最近のあたしの心配だった。

「さあさあ!やろう!叩くよー」

リュックからスティックを取り出し、椅子に座るなりバスドラをどんどん蹴り出してまっつんはもうやる気だ。スタジオに入ってこれだけ速攻で楽器を弾ける人も珍しいのではないだろうか。

 

 あたしたちのバンドはしのちゃんがベース、まっつんがドラム、そしてあたしがギターのスリーピースバンドだ。曲はあたしがつくって二人に聞かせ、各自にアレンジしてもらう。オリジナル曲しかやらない。

 小学生でギターを始めて、中学生の頃は男子に混じってバンドをやったが、ド下手な男の子たちと続けられず、結局一人で黙々と練習した。高校に入ったら絶対バンドを組む、と強い信念を持っていたのが報われたのか、入学した高校でずっとドラムを続けてきたまっつん、そしてレアなベース女子のしのちゃんという二人に会い、このバンドは結成できた。あまりに嬉しくて柄にもなく舞い上がり、最初にスタジオに入った帰り道「うちら奇跡的な出会いなんじゃね?」と口走ってしまい、それは今でもまっつんにバカにされる。

 このバンドにボーカルはいない。あたしが歌が死ぬほど下手だからだ。今まで何人かの女の子を誘ってボーカルになってもらおうと思ったが、どいつもこいつも肺活量がなく、揃ってどこかで聞いた事のあるような歌い方だったので「やっぱ、なんか違った」と言って追い出してしまった。われながらひどいと思う。

 それでもあたしは自分のバンドをどうしても自分の求める理想の形にしたかったし、そうするためにこのバンドをつくったのだ、と言い聞かせた。そうでもしないと、自分が女子高生として同級生たちがメイクしたりおしゃれしたり男の子とと遊んだりしてる中、狭くてほこりっぽいスタジオで、黙々とギターを弾いてることととの釣り合いが取れない、と思っていたからだ。


 先週デモを聞かせていた新曲を二人は大体頭に入れた状態できてくれたので、音を合わせるのはスムーズだった。出だしのフィルインがイメージと違ったのでそこを少し直してもらったのと、2番が終わってCメロに行く前の間奏パートでベースとドラムだけになる部分のベースラインを若干変更してもらい、休憩する事にした。

 「てかさー、りさ歌えば?」

まっつんがスティックを回す練習をしながら言う。

「曲いいんだからさ、なんか曲自体がさ、デモでりさ鼻歌入れてるじゃん。あれでもう完成されてんじゃね?って思って」

鼻歌なんか入れてない、と言おうとした矢先

「そうそう。あたしも前から思ってたけど、りさちゃん歌上手じゃない?」

と、しのちゃんがおっとり言った。

「作詞が苦手ならあたしが書こうか。タイトル『思春期』」

こいつのセンスはダメだ。


 練習が終わって、帰り道にipodに入れていた自分のデモ曲を聴いてみた。

イヤホンを耳に突っ込み、自転車にまたがって漕ぎ出す。冷房の効いていたスタジオから出たからか、外の熱気が余計に強く感じられ、ギターケースを背負った背中がすでにじっとり汗ばんできている。自分では無意識だったが、確かに自分の声が小さく鼻歌でメロディを歌っている。

 

 ぼくたちは 不思議だね 意味もなく 笑う


自転車をこぎながら、流れる自分の鼻歌に思いつくまま言葉を当てはめて口に出してみる。


 それだけじゃ不安で いつだって歌う


国道沿いの道に出ると、家までは長い一本道になる。

ペダルを漕ぐ足に力が入る。自転車の速度はぐんぐん増していく。

空は突き抜けるように青く、雲ひとつなかった。

あたしはでたらめな歌を熱唱しながら国道沿いを走った。次の練習の時までに、歌詞を固めておこう。腹の底から歌って、まっつんを驚かしてやろう。まっつんのことだから驚きもせず「熱唱ウケる」とか言うだろう。しのちゃんはやさしいから「やっぱり上手だね」とか言うだろう。

 リッケンバッカー弾きながらあたしは歌うんだ。





 

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リッケンバッカー いりやはるか @iriharu86

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