エピローグ 「僕は君の皿の上」

【最後の国・港】


 六年。口にするととても短く、だが確実に自分の姿に宿る年月に目を細めた。六年ぶりにこの港を訪れ、検査を受けるのも酷く懐かしく思えた。ただ昔と違う事は一人ではないということだ。同僚たちが初めて訪れる「最後の国」に興奮している気持ちが隠しきれていない。その気持ちが僕にはよく分かった。

「来たか、お前は付いて来い。」

 女王の屋敷の前でそう言い放たれるのも懐かしい。尾張は以前とは違う随分と軽装で物腰ものんびりしている。女王の護衛のはずなのだが、もしかしてこれが本来の姿なのだろうか。

「久しぶりに会えて嬉しいか。」

「尾張と話すのも久しぶりだね。」

「誤魔化すな。」

「嬉しいというか…緊張するな…。僕、角伸びすぎてない?」

 心配そうに角を擦る僕を見て、尾張はケラケラと笑った。本当に緊張している僕は少し腹が立ったが部屋の前につくと何も言う気にはなれなかった。

 扉が開かれる。そこに彼女は居た。

「牛くん。」

 出会ったときと同じ何もない体、顔、年月で成長してもその姿は変わらない。そして響く彼女の感情。

 

 彼女は飲まなかった。薬を置いて、必要ないと微笑む彼女の姿は強く美しく見えた。僕と尾張は彼女を置いて本土へと戻った。しかし、尾張は元女王に捕食されたせいかは分からないが、それから暫くして本土を去り「最後の国」に務めることにしたようだ。

 尾張が求めていた「自由」は手に入ったのか分からなかったが、本土を去る前に挨拶をしにきてくれた意外に義理難い姿を見てその姿を見守った。

 それからはずっと考えていた。「最後の国」であったことはまるで幻のようであった。尾張が去ってからは余計にその思いが強まり、「ベイグ」たちはあれから二度と姿を見せなかった。彼らは新しい女王の作る新しい世界の訪れをじっと待っているのかもしれない。彼女の姿すらおぼろげになりそうで僕は恐ろしかった。

 何度も何度も思い出した。可能な限り。

 あの一年にも満たない出会いと日々を。あれは嘘ではないと。

 

 時折、島に残った彼女のことを思った。

 そもそも本当にミックスになる薬などあったのだろうか。あれは彼女が女王に相応しいか試すための一つだったのではないか。今になっては僕の憶測を確かめる方法はなかった。だがもうあの薬を飲む人間は居ないだろう。

 彼女は世界を変えてしまった。大学の卒業間近、彼女が女王になったニュースはほんの一時期流れた。その後、皆は気付いているだろうか。

 本土で人間を見る機会が増えた。僕は、尾張の手紙で知っていた。彼女は女王になり「人間」たちを「最後の国」から解放しているのだ。

 僕はその時、悟った。彼女が薬を飲まなかった本当の意味を。

 世界に放たれた「人間」たちはやがてゆっくりとだがこの世界に「影響」を与えるだろう。大学でたった一人居ただけであれだけの騒ぎになった「最後の子」が今や野放しで自由なのだ。

 あぁ今や、この世界が彼女たちのごちそうになってしまった。

 

 成し遂げた彼女の感情を離れてしまった僕は分からない。

 喜んでいるのだろうか、怒っているのだろうか、哀しんでいるのか。


 それとも楽しんでいるのか。


 僕はあれから大学を卒業して教師になった。二年ほど、本土の学校で勤めていると彼女から手紙が届いた。「最後の国」に学校を建てるとそこには書いてあった。僕はすぐに退職願を出した。 

  

 そして僕は約束通り変わらず君の元へ戻ってきた。

「おかえりなさい。」

 懐かしい声が聞こえる。彼女は昔と変わらぬ何も無い「人間」の姿で微笑んでいた。彼女の心が僕に伝わる。やっと彼女の心が分かる。そして僕の心もきっと彼女に届いただろう。

 

 この新しい世界で一番最初にご馳走として完成した僕は君に食べられる時を心待ちにしていた。


 僕の心は何時も君の皿の上。



                                おわり

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僕は君の皿の上 猫成 @nekonari74

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