うぐいすないてる

いりやはるか

うぐいすないてる

 みやこちゃんは最近彼氏とけんかしたらしい。

「むかつくから箱根行きたい」

と言っていて、つながりはよくわからないけど、夏に箱根に行くことになった。


 あたしが車の免許を持っていないから運転は手伝えないよ、と言ったらみやこちゃんもともよちゃんも急に「免許は持ってるけどペーパーだからなあ」「レンタカーぶつけそうだし」「うちの車はプリウスだし」「ガソリン代高いし」「高速怖いし」としゅんとしてしまった。

 あわててあたしが「ロマンスカーで行けばよくない!?」と言うと、みやこちゃんは「それな」と叫び、ともよちゃんは「最高」と続けたが、学食であたしたちの声が一番大きかったから、ともよちゃんの「最高」が響き渡って、一瞬しんとなったあとあたしたちはまた爆笑した。

 なんだこれ、なんだこの時間、と口々に自分たちのしゃべる言葉と過ごす時間の無意味さに突っ込んだ。あたしたちは多分ばかなほうだけど、自分たちの無意味さ加減には自覚的な方だ。


 ともよちゃんのサークルの先輩が六本木のIT企業に去年就職したらしく、合コンのお誘いが来た。


 六本木のIT企業とかなんかイケイケでやばくない?ホリエモン的な?と保守的なあたしは心配したが、ともよちゃんは大丈夫、髪型は2ブロックだった、てかホリエモンって誰?と何のフォローにもなっていないフォローをし、みやこちゃんが革靴はとがってた?と聞くと、とがってた、ドリルくらいとがってた、とともよちゃんは答えた。先輩から事前に会社の人の画像を見せてもらったらしい。


 でもお店がやっぱいい感じだよ、大人だね、ステーキのなんかいいところ、とお肉が大好きなともよちゃんはスマホを取り出して食べログを見せてくれた。

 なんとかステーキとかいう海外で有名なお店だよ、高いし。みやこちゃんが、あっ、知ってるここ!ヒルナンデスで出てなかった?と言うので、あたしがヒルナンデス見テナインデス!と川平慈英の真似をする博多華丸の真似をして返すとみやこちゃんが笑った。ともよちゃんがあたしも見テナインデス!とかぶせてきたが、みやこちゃんは急に飽きたのか、ナンチャンってあれでしか見ないよねーウッチャンナンチャンって仲悪いの?と急に話題を変えて、ステーキのお店の情報はあやふやになったが、結局あたしたちは三人とも合コンに行くことにした。

 

 六本木のIT企業に勤めている2ブロックで尖った革靴を履いた男の人と、ステーキのお店で合コンをしようと言われて断るほど、あたしたちは人間ができていない。なによりお肉が食べたいのだ。同じクラスのちょっと竹内涼真に似ているけど、お金がないからいつも食事ならガストだし、飲みなら鳥貴族に行きたがる菅沼君とばかり遊ぶわけにはいかないのだ。


 合コン自体は楽しかった。

営業だという男4人は全員2ブロックで色黒でヒゲを生やしていて細身のスーツを着ていたので笑ってしまった。

 みやこちゃんは「クローンですか?」と早速かましていたが、男の人たちは「さっき分裂してきたんです」「僕が本体なんですけどね」と返していて、そういう返しができるところが大人でいいなあ、と思った。

 ともよちゃんの先輩という女性が出席してくれて最初こそ話をつないでくれたが、男性陣のトークがうまいので、ほどなく打ち解けた。

 見た目で判別ができないので、あたしは左から順番にヒゲ1、ヒゲ2と番号を振って識別していたのだが、調子に乗ってワインなどを飲んでいたら楽しくなり、どうでもよくなった。

 男の人たちは皆入社3年目から5年目くらい。営業なだけあって、話はさすがに上手だった。適度に仕事の話をするときには専門用語をまぜてみたり、プロモーションに起用しているタレントの裏話を入れたりして、会話に緩急をもたせて飽きさせないようにしていたし、あたしたちに均等に話を振っていて、きちんと話を聞いてくれた。

 あたしはふと疑問に思って「みなさん、楽しいですか?」と聞いてしまった。

途中から男の人たちがあたしたちを接待してくれているような気分になったからだ。もともとお勘定はすべて男の人が持ってくれると聞いていたし、その上でこれだけ楽しましせてもらったら、あとはもうお持ち帰りでもされるしかないのだろうか、と考えていたので、つい聞いてしまった。

 男の人たちはきょとん、としたあとお互い顔を見合わせたあと困ったように笑った。どうも、「女子大生と楽しく飲む」というのは彼らにとってその行為が大事なひとつの目的のようだった。

 お肉はありえないほどお肉だった。あたしの口の中は肉で満たされ、肉汁で溺れそうになった。

「おいしい?」とヒゲ3に聞かれたので

「どこまでがほっぺの肉かわかんないです」

と答えると「表現力!」と拍手された。意味はわからなかったが敬礼をしてみると、男の人たちがみんな笑った。ウケてよかった。


 お店を出ると、すぐにタクシーを止めてくれて、あたしたちを家まで送ってくれると言う。みやこちゃんは最初ちょっとバカにしていたくせにヒゲ4とすっかりいい感じになって暗がりでいちゃいちゃしていたので無視した。ヒゲ1はどうももともとともよちゃんの先輩といい感じらしいので、そのまま夜の六本木に消えた。ヒゲ2とともよちゃんは意気投合したらしく、もう一軒飲み直そうと言っているが、会話の内容は海外サッカーを中心としているようなので、だいぶ硬派な二次会になるようだった。

 あたしは帰る、と言うとヒゲ3が送るよ、とやってきた。あたしの食レポを「表現力!」と褒めたヒゲだった。


 タクシーに乗り込み、行き先を告げると、ヒゲ3が今日はありがとね、なんか、つかれたでしょ、と言い出した。全然そんなことはなかったのだけど、ヒゲ3は疲れたのかな、と思って顔をそっと伺うと、さっきまでのイケイケな表情ではなくて、3歳くらい老けたヒゲ3になっていた。

 もしかして、無理してます?と聞くと、ヒゲ3は僕、ほんとはああいう感じじゃなくて、と笑った。ふうん、2ブロックで色黒でヒゲ生やしてて、合コンでステーキ食う人は女子大生とすぐセックスしたがるんだって思ってました、と言うと、ヒゲ3が運転手の方を気にしたのがわかった。六本木をこの時間流しているタクシー運転手はこの程度の会話では動じない。

 いや、そんな、そんなこともないけど、とヒゲ3がごにょごにょ言うので、見た目の割にはずいぶん童貞くさいな思った。

 そのままヒゲ3が黙ったので、車内は静かになった。運転手が薄く流しているラジオの音以外に、どこかから音楽が流れている。知っている曲だった。

「うぐいすないてる」

「えっ」

あたしが言うと、ヒゲ3が素っ頓狂な声を出した。

「なんか、音流れてません?」

ヒゲ3が持っていたカバンをごそごそやると、ipodからサニーデイサービスの「うぐいすないてる」が流れっぱなしになっていた。画面をちらっと見ると、1曲固定リピートになっていた。

「合コン行く直前、サニーデイのうぐいすないてるをリピートで固定してテンション上げてたんですか?」

あたしが聞くと、ヒゲ3は

「ブチ上がるからね」

と言った。そういえば、横顔はちょっとだけ曽我部恵一に似てるかも知れない。


 ヒゲ3は薄く流れるipodの音楽を停止しないまま、聴き始めたので、あたしは窓の外を流れる六本木の街に目を移した。

 

 うぐいすないてる 姿見えない






 


 


 


 



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うぐいすないてる いりやはるか @iriharu86

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