数の探求者

えのき

第1話 砂漠の罪人

見渡す限りの砂。あるときは山のようになり、あるときは川のようになり、千変万化の模様をつくり、消えていく。残酷な太陽はすべてを焼き尽くし、冷徹な月はすべてを凍らせる。


その中に佇む荘厳華麗な石造りの市街。この世の地獄のど真ん中にあるというのに、市街を通る運河は透き通った水に溢れ、樹木はますます翠緑豊かで、まさに楽園であった。


この街の名はフィシュア。長い歴史を持っているが、その起源はもはや伝説となり事実はわからない。過酷な砂漠はむしろ敵を拒む街の守り神であった。


その街を乱す者あり。


「この罪人にいかなる罰が相応しいか、述べてみよ!」


神官は5人の裁判官を見渡した。夕暮れ時。円形のドームの中央に縛られた男が一人。この男は毎日星の動きを観察するのが日課であった。ある時、ふと街の外の世界を知りたくなった。街の外は死の世界であると同時に、神の世界でもあった。教皇の許可なく外にでるのは許されないことであった。しかしそれどころかこの男は外に出たいあまり、家族を斬り、門番を打って飛び出したのだ。一歩砂漠へでたら突然正気に戻り、捕らえられた。手元は拭えない罪のごとく血がこびりついていた。


「死罪!」

「死罪!」

「死罪!」

「死罪!」


裁判官達の狂気とも思える叫び声がこだました。しかし、裁判官長は冷静だった。


「この者の犯した罪は限りなく大きい。この者の殺めた幾多の命を、この者の汚れた命では到底釣り合うとは思えない。この者に永遠の命を与え、砂漠の砂を一日一粒ずつ清めて祭壇に捧げさせるのだ。砂漠の砂をすべて清めたとき、この者を赦そうではないか」


そして、男には永遠の命が与えられた。そして、人としての名を剥奪され、サーニと名付けられ砂漠に放り出された。


サーニは一日め、砂漠の砂を一粒指の上にのせた。指紋の幅と同じくらいの直径である。これを、手に汲んだ水に浸した。砂は手の中に沈んだ。これを街の外れの祭壇に捧げた。


そして、夜になった。サーニは星を眺めた。この夜空に星はいくつあるのか?その疑問こそが、サーニを破滅させたのであった。


二日目、昨日と同様に砂を清めて祭壇に捧げた。昨日の砂粒は、依然としてそこにあった。そして、それは朝の数分のことであった。焼き尽くす太陽はまだ地平線から出たばかりである。身を焼かれながらも、サーニは罪を犯す前のことに思いを馳せた。だが不思議と後悔の念はなかった。


それから毎日、サーニは砂で星空を描くことに決めた。それから、星の明るい順に位置を決め、砂を並べ始めた。


一ヶ月経って、サーニはほとんどの明るい星を並べ終わった。これをみて、サーニは心から喜んだ。砂を並べはじめて、初めての喜びだったかもしれない。


しかし、サーニは大変な事実に気づいた。空は毎日少しずつ、変化しているのである。ただ一つの星を除いて。それは地平線からわずかに上のところにある星であった。サーニはその星を頼りに、その周辺の星を置いていった。


一年経って、サーニは星座の主要な星は並び終えたと思った。サーニは毎日一つ、一つ、と星が増えていき、祭壇の上が天と同じ形になっていくことに、無上の喜びを覚えていた。


もう焼き尽くす太陽も、凍りつく月も、何も苦痛ではなかった。ただ感じるだけであった。


二十四年経って、見える星はすべて並べ尽くした。サーニはひどく満足げであった。この幸福感に優るものがあろうか?


砂粒にしてみれば、10000粒にも満たない。しかし、サーニは不思議なことに気づいた。一粒増やしても、もはや星図は変わっているようには見えない。それと同じくして、サーニは一日というものに特別な感情は抱かなくなった。次なる喜びはどのようなものであろうか?


サーニは、砂粒一粒一粒を丁重に並べ、その星ごとに物語を作ることにした。


最も明るく輝く空の星、これは最も身近な世界なのであろう。


まずはこの星に物語を作ろう。


サーニは何年も何十年も何百年もかけて、その世界を紡ぐことにした。サーニは自身が神になったようにすら感じられた。これからサーニがその悠久の時を経てたどり着いた、巨大な物語について話そう。

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