十五、最後の審判
原題は『此世界過乱の事』。
この世界が滅却に及ぶ時、大日、大風、大雨、虫などのさまざまな災厄が現れ始める。このような事が七年の間ずっと続く。
食物が大いに足りなくなって有徳の人々の食物が無体に奪い取って食われるようになり、まるで共食いのような有様になるという。
その時になると天狗がやって来てまさんの木の実をさまざまな形で人々に食べさせようとするようになる。それを口にした人はみんな天狗の手下になり、いぬへるのへと落ちる事になるという。
それからさらに七年が経つと、三年の間は田畑はもちろんその辺りの野山にさえ実りが溢れるようになり豊年遊覧の御代となる。この節にこそ悪を棄てて善になじまねばならない。助けを得させるための御計らいである。
それからまた三年が経つと天の日と地の火が一度に和合し、さんちい島のくろうすの木が焼け落ち、塩水は油となって燃え上がり、草木はもはや灯芯(ロウソクなどの芯)も同然となる。
十二の箇所より火焔、炎と燃え昇る事すさまじく、それに遭遇した畜類鳥類、あらゆる生のある物は人間と共に「もはや助かるまい」と叫び声をあげる事になる。次第に焔が焼け昇って行き、三時のあいだに焼き尽くされて滅び去るのである。
世界の焼け跡は一面の白い砂浜となり、その時さんとうす(聖人)がとろんの貝(トランペットを法螺貝と解した名か)を吹き鳴らし、御創りになられたあらゆる人間、前々より死せる者からたった今焼け死んだ者までが残らず此処に現れ出でる。
これはでうすが測り知れない御力でもってあにま(Anima.魂)を元の色身(仏教用語。肉体)に蘇らせ給う奇跡なのだという。
書き留めておくならば、この時に行き迷うあにまがあるという事である。それは何者かと言えば、この世で最期を迎えた後に火葬に附された者のあにまであるという。末世まで迷ったあげく再び浮かび上がる機会も無いのである。たとえ土葬や水葬の果てに亡骸を畜類鳥類魚類に食われたとしても、世の焼け滅した果てにはそれぞれが元のごとく蘇る事ができる。しかし人間に口にされた色身にはその機会が無いのだという。そのため
こうして世の終わりにでうすは大きなる御威光と御威勢をもって天より下ってきて、道を踏み分け、御判(洗礼の時に指でつけた十字の印)を受けた者とそうでない者を三時の間に選び出し、右左に素早く取り分けてしまう。
かなしいかな、左に分けられたばうちすも(baptisma.洗礼)無き者は授からなかったゆえに、天狗と共にべんぼうという地獄に落ちて封印されてしまう。こうして落ちた者は末代まで再び浮かび上がる事は無いという。
一方ばうちすもを授かった右側の者達は、皆がでうすの御供としてぱらいそへと参る。ぱらいそにて持ちたる善の多少をお改めになり、それぞれに応じた位を授かる事になるのである。
このような所に行けて法体(※仏教用語。成仏した身)を受け、末世末代に至るまでの自由自在を得て、安楽な暮らしができるとはまことにたのもしい事である。
あんめいぜずす。(Amen jesus.祈りの結びに唱える言葉)
【総評】地獄の有様を説いた後はヨハネの黙示録に準じていると思われる世界の終末の描写と、そのような終末を乗り越える唯一の希望であるキリシタンの洗礼と儀式を守っていく事の大切さを説き、『天地始之事』の筆者は筆を置く。
隠れキリシタン(潜伏キリシタン)の信仰は禁教下の二百年のうちに大きく変質した。幕末期の1865年(元治二年)、長崎に建てられたばかりの大浦天主堂にやってきた数名の農民達が隠し守ってきた信仰を告白した事件は世界中に衝撃を与えたが、禁教政策が公的には撤廃された明治時代以降も、多くの隠れキリシタン達はキリスト教徒にはならなかったという。それは彼らの信仰がすでにキリスト教とも異なる独自の色彩を帯びていたからに他ならない。
あらゆる記録を排斥された禁教の時代に書かれた『天地始之事』の描き出すイマジネーションは聖書から乖離してしまった部分ほど案外面白い。それはすなわち信仰を隠さねばならない時代に生きた人々の思いや苦悩や願望が変えてしまった部分に他ならないからで、彼らの精神的世界の描写に他ならないからだ。
「本家」のキリスト教、あるいは神道や仏教や日本の土俗信仰と比較してみた時、あの状況に置かれた人々によって何が求められ、何が強められ、何が忘れられたのかを考えてみたりすると、おそらくより一層の面白味を感じられる。
2018年6月30日、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」がユネスコによって世界文化遺産に認定された。
天地始之事─隠れキリシタンの手作り聖書─ ハコ @hakoiribox
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