3-2
緑色の残像に目を瞬かせると、そこは見慣れた道だった。地面はまだ濡れていて、時間はあまり経っていないように思われた。
――夢、ではないな。
手中のビー玉を見て、彼女は小さく息を吐く。それをスカートのポケットにしまった。
――夢かぁ……。
ついさっき見た、赤い目を思い出す。
「あれ……なんだったんだろう……」
今朝の夢が再び脳裏をよぎり、ぞくりと肌が
「考えない。気にしない」
自分に言い聞かせるようにしながら歩き出す。そうして前方を歩く人影に気が付いた。
「清和っ」
咄嗟に呼び止める。名を呼ばれた当人は、酷く吃驚した様子だった。微かに肩を揺らして振り返る。
「清和もこっちなんだ」
小走りで彼に駆け寄った瞳に、清和は返事もせずに前へと向き直った。
「あっ。ちょっと待ってよ!」
歩き出す清和の後を、瞳は慌てて追う。それに気付いた彼は早足になった。瞳もそれに合わせようと歩く速度を速める。しかし、二人の歩幅が違うので、清和に追いつこうとする瞳は、早足と言うよりも小走りに近かった。
十数メートル程度進んだところで、清和は唐突に歩みを止めた。彼が急に止まったので、瞳は一瞬反応に遅れる。勢い余って清和より数歩進んで立ち止まった。
彼のほうを振り返ると、酷く不機嫌そうな顔をしていた。
「――なんで付いてくる」
「なんでって……私も家、こっちの方向だし……」
きょとんとした顔で答える瞳に、清和は増々顔をしかめた。
「……どうして俺に構う」
「え? 一緒に帰っちゃ駄目?」
不思議そうに首を傾げた瞳に、清和は一瞬拍子抜けしたような顔をした。だがすぐにじとりと彼女を見ると、一つため息を吐いて再び歩き始める。もう早足になったりなどはしなかった。
瞳は清和と並んで歩きながら、ちらりと彼のほうを覗き見る。清和の視線の位置は、瞳よりずっと高い。視線に気付いたのか、彼は居心地悪そうに一度ちらりと瞳を見ると口を開いた。
「――……なんだ」
相変わらず仏頂面の清和は、瞳と視線を合わせようとしない。
しかし、彼のほうから声を掛けられるとは思っていなかった瞳は、思わず言葉に詰まった。
「えっ!? えっと……清和の家って、あそこの神社?」
咄嗟に思い付いたことを質問する。その問いに彼は、小さく顎を引いただけだった。けれど、反応があったことが嬉しくて、瞳は続けて質問する。
「清和って、秋友くんや陸くんと仲いいの?」
「――……さぁな」
暫くの沈黙の後、清和は曖昧に答える。
――さぁなって……。
瞳は少し呆れながらも、話題を変えることにした。
「清和には兄弟っているの?」
何気なく振った話題だったのだが、その問いに清和は一瞬だが眉間のしわを深くした。
「――……兄が、一人」
今までで一番、歯切れの悪い返答だった。
――あ。これもしかして、訊いちゃ駄目だったかも……。
彼の反応を見て瞳は口を
――んー……、なんか話題……。
沈黙が気まずい。瞳は話のネタを探そうと、黙りこくっている清和のほうを、再びちらりと見た。
――ずっと目を合わせてくれないなぁ……。それに……。
瞳は、学校で彼と会った時のことを思い出した。
――なんか増々煙たがられてるような気がする……。なんでだろう……。
話題探しも忘れて瞳は考え込む。
「――お前」
「えっ?」
清和がぽつりと言った声に、瞳は弾かれたように顔を上げる。彼のほうを見たが、清和は正面を向いたままだ。
「学校で、散々怒ってただろう」
「そりゃあ、ほぼ初対面なのにあんな拒絶されるような態度されたら、ムカつきもするでしょ」
「そんなことがわかってんのに、構うのか」
続け様に問う清和に、瞳は
「――清和は、拒絶されてほしいの?」
問い返された彼は答えない。これは肯定と言うことなのだろうか。
「どうして? そんなの寂しくない?」
「別に」
「別にって……」
瞳は顔をしかめた。しかしすぐに
「だったら、私なんて気にせずに、走って帰っちゃえば良かったじゃん。多分私、追いつけないもん。それに、私の質問ぜーんぶ無視して、清和自身も私に話し掛けなきゃいいじゃない」
瞳の言葉に、清和は露骨に顔をしかめた。
「ずっとそんなしかめっ面でいると、眉間のしわ、取れなくなっちゃうよ?」
瞳はそんな彼をからかう。増々仏頂面になっていく清和に、瞳は笑う。
「清和はさっき、別にって言ったけどさぁ、やっぱり寂しいよ。拒絶されるなんて」
清和は首を小さく横に振った。
「寂しくない。独りが一番いいんだ。周りが少ないほうが……独りのほうが、
ぽつぽつと言う。瞳が言い返そうとした時、丁字路に差し掛かった。清和は黙って道を右に折れる。
「あっ、ちょっと……」
引き止めようとした瞳の声に、清和は一切耳を貸さずに行ってしまった。
「もー……。別れる前に、何か一言くらいあったっていいでしょ」
拗ねたように口を尖らせて息を吐く。
清和は結局、別れるまで一度も目を合わせようとはしなかった。
瞳は遠ざかって行く清和の背中を悲しそうに眺める。
独りのほうが失くすものが少ないと思うのは、何かを失ったことがあるからだ。そう思ってしまうくらいに、大事な何かを……。
「――寂しくないなんて、嘘のくせに……」
瞳はどこか辛そうな顔で呟く。
そう思うくらい大事なものを失くしたなら、隙間を埋めることが出来る何かを見付けない限り、寂しいままに決まっているのに……。
彼の仏頂面が、瞳には強がりに見えた。
「一人は寂しいし、悲しいのに……」
あんな顔をして、拒絶してほしいなどと、寂しくないなどと、言わないでほしかった。
【試し読み】玉響にふる夢 ~春の陽ざしに解き放て~ 芝迅みずき @mzk-sbhy
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