斯くや、灰よ、挽歌を唄え。

 

「……何故だ」


 その刃は――ただ、大地へと、突き刺さった。


「何故、その刃を『そこ』に振り降ろす?」

 

 魔女は、問うた。

 老人は、答えた。

 

「それが、私の答えだからだ」

 

 老人は、語り出す。

 魔女は、ただ耳を傾ける。

 

「復讐の是非については、私は何とも思わない。それは戦場の習いだ。敵も味方もない」

 

 滔々と、老人は語る。

 

「命に対して命で復讐する事もまた、生き方だろう。それも、また真実であろう。そこには嘘も曇りもあるまい。だから魔女、君の見立てはそう間違ってもいない」

 

 いつものように、ただ笑って。


「だが……私の生き方は、そうではないのだ」

 

 だからこそ、魔女もまた……微苦笑を浮かべながら、問い返す。


「ならば、最早妾には皆目見当もつかない。復讐相手との再会でないのなら……一体貴様は、何と再会するために、この死地の荒野にまで、その老骨を運んだのだ?」


 老人は、静かに笑みを返し。

 

「今、その答えを見せよう」


 大地に突き立てた刃に、力を込め。

 

「さぁ、待ち人達よ……満願成就の時が来た!」

 

 その先に、魔力を込める。

 魔女との契約により得た魔力を。

 その老骨に溜め込んだ魔力と共に。

 三十年間。

 ただ、研鑽を積み、ただ研ぎ澄ました。


「今こそ、故郷への帰還を果たそう!! 死地に果てし英霊達よッ!!」

 

 戦術規模の死霊術。

 それを、惜しげもなく発動させる。

 

「!? こ、これは……」

 

 瞠目する魔女を後目に……老人は、涙する。

 滂沱の涙を流しながら……笑う。

 

「三十年……敵地にただただ待たせて、すまなかったなぁ……我が戦友達よ」

 

 焦土に積もる灰を巻き上げ、荒野一面に現れる、無数の白骨兵士。

 誰も彼も、旧式の帝国軍装を纏い、誰も彼も、一糸乱れず、老人に……帝国将軍、来儀に眼窩を向ける。

 死霊たる彼等の目に光はない。

 それでも、その眼窩が向く先に……乱れも、曇りも、見られない。

 

「このために……軍籍を辞し、名を捨て、三十年……名もなき地下に潜っていたというのか?」

 

 わざわざ、魔女の封印を解いたのも……恐らくは、足りない魔力を補う為。

 蒸気機関全盛のこの時代に、大規模魔術の魔力を賄える、数少ない方法。

  

 詰問のような魔女の問いに、老人はまた、笑う。

 どこか悪戯っぽく。

 少年のように。

 

「それが、答えだ。魔女よ」

「……呆れ果てた馬鹿者だな、貴様は」

「男なんてのはそんなものだ。特に剣を振るうのが好きな男なんてのはな。身に覚えがないか? かつては王家に仕えた魔女よ」

 

 その言葉は、魔女からすると反論の難しい言葉であり。

 だからこそ……苦笑を返す他なかった。

 

「馬鹿男め。まぁいい、これで最早、再会の願いは叶えた。妾の力も契約の履行に伴い、いずれ戻るだろう。後は好きにさせて貰うぞ」

「そうすると良い。私も、これから国に帰る。彼等を故郷の土に還してやらねばならん」

「この大所帯で国境を抜けるつもりか?」

「無論だ」

「大馬鹿者が。出来ると思っているのか?」

「難しいだろうな。だが、手助けがあるのなら……出来ない事でもないと思っている」

「名無しの貴様を手伝う誰かがいるとでも?」


 老人は肩を竦めた。


「いないだろうな。好き勝手に手助けしてくれる誰かでもいなければ」

 

 それに対して、魔女もまた、肩を竦めた。

 

「一人、身に覚えがないでもないな」

 

 そして、魔女もまた、見た目相応の少女のように。

 

「軍部に睨まれ、契約していた王家も断絶して、少し前まで封印されていた……もう連合から出て行こうと思っている魔女が、一人いる」

 

 悪戯っぽく、笑った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

灰よ、挽歌を唄え。 うみぜり@水底で眠る。 @live_in_sink

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ