焦土、斯くや至りて。
焦土帯に近づいてくると、いよいよ、人家も人影も減ってきた。
このような嘗ての激戦地は魔術的に汚染された土壌であり、突然変異体の凶暴な魔物が数多く闊歩している関係で、とても人が住める土地ではなくなっているのだ。
とは言え、小さな隠れ里くらいなら、まだいくらか存在している。
まともに人が住めるところに居られない連中は、こういうまともに人が住めない所に逃げ込むのだ。そう言ったところに、老人の待ち人がいるのやもしれない。
「何にせよ、こんな所で待っている者なのだ。さぞかし、気骨のある荒くれ者なのだろうな」
「それについては間違いないな……この辺りだ」
そう、老人が語り、馬車から降りた先は……丸きりの焦土。
草一つ生えていない、無人の荒野。
未だ、戦災の爪痕が深く刻まれた、地獄の焦野である。
「待ち合わせ場所にしては、趣味が良いとは言えんな」
「私もそれについてはまったく同意するが、それでも、此処だから仕方がないんだ。と言うか、此処をこうしたのは、ある意味で私と君の共同作業のようなものじゃないか」
嘗て、この焦土帯は広漠な牧草地であったが……戦争が、それをこのような焦土に変えてしまった。両陣営が大火力の重火器を後先考えず、ただお互いを滅するためだけに叩き込んだせいである。そして、その渦中には当然、灰の魔女も、帝国将軍も、どちらもいたのだ。
とはいえ、それを共同作業、などといわれるのは、魔女からすれば、あらゆる意味で面白くなかった。故に、また眉を吊り上げ、いかにも不機嫌と言った様子で嘆息する。
「ある意味で事実とは言え、気色の悪い事をいうな」
「ははは、まぁ、なんにせよ……だ」
ゆっくりと、ささくれ立った荒野を歩き、老人は、周囲を見回す。
どこか、穏やかな表情で。
「ようやく、此処まで戻ってこれたか」
その台詞に、魔女は首を傾げる。
「……戻って?」
その様子に、また、老人は笑う。
「そう、戻ってきたのだ……この最前線にな」
空を見上げてから、老人は手近な岩に腰掛けて……感極まる様に、瞑目した。
「我々第三師団は、先遣隊と言う奴でな。一番槍と言えば聞こえはいいが……要するに、本隊の弾除けだ。だから、毎度毎度大勢倒れて、大勢死んだ。国の為、家族の為、名誉の為……誰も彼もが、前のめりに死んでいった」
それこそが、戦場の理。
そう語る事は簡単だろう。
そう断ずる事は簡単だろう。
だが、その簡単な理の中には……無数の命の輝きと、嘆きがあった。
それですら、戦場では、ごくごく当たり前の事でしか、ないのかもしれないが。
「だと言うのに、私は生き残ってしまった。生きて、国に帰ってしまった……だからこそ、戻ってくる必要があったのだ。名を捨て、身分を捨て、功名を捨てても……この死地にまで。死した彼等に、報いるために」
その老人の横顔を見て、魔女は……一度だけ瞑目し。
「……だから、妾を此処まで連れて来たのか」
意味深に、笑った。
「結果的に……貴様と共にこの焦野を作った、妾を……仲間たちへの報いとする為に」
魔女もまた、己一人でやったとまで、驕りはしない。
だが、加担していた事は、間違いない。
全てを灰燼に帰す、焔繰る灰の魔女として。
「待ち人は……妾と貴様の二人ということか」
二人の共同作業。
そう、戦に罪なき者など居ない。
一度でも武器を手に戦い、争い、血を流したのなら……誰もが同じ、罪人でしかない。
だが、もうそんな戦争から、三十年の時が経っている。
多くの罪人は、等しく死んだ。ある者は戦場に倒れ、ある者は老いに倒れた。
それでも残った、罪人とは……最早、語るまでもない。
「はは……魔女たる妾を此処で殺す事で、仲間への餞と禊として、この地の呪詛を西方全土へ遍く溢れさせるという訳か。貴様達をそうした、連合軍への復讐……いいや、報いとして」
残された罪人を使った復讐。
普通に殺せない魔女であるからこそ……殺すならより強い呪詛の媒体として。
同じ罪人の、死の道行として。
「契約者たる貴様の願いがそうであるなら……妾には断る術がないな。やるならば、いつでもやるがいい」
「……魔女として生きなければ、無視すると言う手もあると思うが?」
「愚問。名を捨ててまで死地に舞い戻る貴様が、それを語るか?」
「はは、それは全くそうだったな」
ゆっくりと、老人は立ち上がる。
その杖が仕込み杖であることを、魔女は知っている。
その刃が鋭く、その技に一分の曇りもない事を、魔女は知っている。
三十年。曇らせなかったのだ。研ぎ澄まし続けたのだ。
きっと、この時のために。
「ならばこそ、灰の魔女よ。一刀にて答えよう」
「それでこそ、歴戦の将よ。一身にて受けよう」
互いに笑顔。
かたや少女。かたや老人。
だが、いずれも中身は……百戦錬磨の戦人。
その両手を血に染めた、その時から……とうに覚悟は出来ている。
だからこそ、刃は明瞭に。
だからこそ、瞳は閉じず。
ただ、一刀の元、白刃は曇りなく振り落ろされ――。
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