エピローグ――凉・ルナ・クルス

 プリンチップ社の亡霊――蟻骨ラ・オルミガの逮捕。そのニュースは、グスタボ――人食い鰐の死と違い、全国紙の一面を飾りはしない。だがプリンチップ社の完全な崩壊のため日々血道を上げる猟犬たち――彼らがその報を逃すことはない。

 海を超えてぞろぞろと現れる欧州各国の捜査機関・情報機関に所属する捜査官の群れ。それぞれがプリンチップ社と個人的な宿縁を抱えた、一筋縄ではいかないな難物たち。その中でも一際目立つ、深紫色の目をした若い女性捜査官――左目に印象的な海賊傷。情報共有のための面談の際、彼女がこちらの顔を見て、不意打ちでも食らったかのような素振りを見せる――聞けば彼女もかつては特甲児童だったという。

 豪腕というより、破壊的と表現したくなる、彼らの手腕――ありとあらゆる政治圧力を駆使して、捜査への介入を実行。中南米に根を張るプリンチップ社の残存ネットワークの調査解明・解体を目的とした国際共同捜査チームの設置を、半ば無理矢理メキシコ政府に承認させる。

 未亡人ウィドウ。ラ・オルミガと共に逮捕された、血盟の女幹部――政治家や当局関係者の買収交渉の担当者である彼女が持つ帳簿から、政府内に蜘蛛の巣のように張り巡らされた汚職ネットワークの存在が明るみにでる。

 この国の政治に激震が走る。

 まず手始めにエドゥアルド海軍省副大臣が収賄罪と国家反逆罪で逮捕される――血盟に買収され、転送塔のシステムを明け渡した張本人。

 さらに解明されていく資金の流れ。犠脳体兵器による大規模テロ攻撃の直前、多額の麻薬マネーが洗浄され、複数の有力野党議員の選挙資金に流入。血盟の目論見――テロ攻撃への対応の不手際を攻撃材料にして現政権を引きずり下ろし、麻薬密売人ナルコによる傀儡政権を樹立すること。

 与党と野党、その垣根を超えて政治の奥深くへ根を張る汚職――その発覚により、市民の政治不信は頂点に。首都では連日、反汚職を求めるデモが実施され、参加者は今や三万人を超えているという。

 それでも――この国の麻薬戦争の風景に大きな変化はない。相も変わらず、麻薬組織同士の抗争で多くの血が流れ、彼らが扱う商品は北へ流れ続けている。

 世界を良くするために戦う男――彼の戦いが果たして報われたのかどうか、わからない。それでもほんの少しばかりでも――昨日より今日、今日より明日、この世界は良くなっている。そう願いたい。

 リアンは刑務所の一角にある、塀に接する監視塔の壁に張り付いている。両手両足は新品同様の特甲義肢。転送塔の復旧作業が先日やっと終了――また気兼ねなくこの無敵の手足をぶん回せる。

 壁を蹴り上げ、塔の頂上に向けて大きく跳ぶ――監視室を囲む鉄柵を飛び越えて室内に勢いよく侵入。監視室には囚人服を着た大男が二人――まさかここに侵入者が現れようなどとは欠片も考えていなかったらしく、肩からぶら下げた山羊の角クエルノ・デ・チボに手をかけてもいない。間抜け面を晒す男たちと目が合う。銃に手を触れさせる間も与えず、非致死性ノンリーサルにまで出力を落とした超振動型雷撃器を彼らの腹に叩き込む――意識を彼方へと吹き飛ばす。

 部屋の隅には手と足、そして口をダクトテープでぐるぐる巻きにされた看守が横たわっている。口元に人差し指を立てる仕草をしてみせる――静かに。同時にペーニャ隊長に無線で制圧を報告。

〈こちら黒犬ブラックドッグ――監視塔を制圧〉

〈了解した――突入班が位置に着くまで待機せよ〉

 重警備刑務所で起きた大規模な暴動――その鎮圧が今日の任務。未だに鎮火する様子のない首都の反汚職デモに便乗して起きたものだというが、施設を占拠した囚人たちからは政治的要求は何もなし。ただ日頃の鬱憤を晴らすためだけの大暴れ。ありふれた事件――問題があるとすれば、どこからか持ち運ばれた大量の武器で囚人たちが武装していること。この国に星の数ほど出回っている自動小銃や対戦車ロケット砲はいざしらず、どうやってか軍用のアームスーツまで調達している――だから、こうしてFESにお鉢が回ってきた。

 窓から敷地内を見下す。敵アームスーツの姿を確認――その動きは見ていて不憫になるほどガタガタ。あの手のアームスーツは、碌な訓練も受けていないチンピラがほんの一、二時間ばかりマニュアルと睨めっこしたところで、すぐに動かせるような代物ではない。これならFESがわざわざ出向く必要はなかったんじゃないの――リアンの雑感。

 暇な待機時間――近々、FESに配属されるという二人の特甲児童相手に、どう先輩風を吹かせるかを思案する。

 複雑怪奇な政治的手続きというやつを経て、この国を去ったはずのパトリックたちの活躍は闇に葬られ、あの犠脳体兵器は自分――特甲児童がひとりで倒したことに。それが予算増額の後押しとなり、とんとん拍子で正規の三頭編成運用が承認される。

 この任務の直前に、サルセド提督より手渡された新人たちのプロフィール写真――生意気そうな赤髪巨乳の女と、脳みそお花畑っぽそうなブロンド女。

 正直どっちも苦手なタイプ――どうしたもんだか。しばらくの間うんうんと考え込んでいると、待ちわびていた無線連絡が飛び込んでいる。

〈突入班が位置についた――突撃を開始しろ〉

 自分の役割――突入班の強行突入ダイナミック・エントリーの援護のため、刑務所内部に混乱を引き起こせ。ちょうど監視塔の真下によちよち歩きのアームスーツがやってくる――まずはあれを処理すればいいだろう。

 鉄柵に足をかけ、ひとっ跳び――地面に向けて飛び降りる。風が頬を撫でるのを感じながら頭部装甲を閉鎖。胸の奥底からこみ上げてくるある台詞――思わず口から漏れ出てしまう。

「なーんか世界とか救いえてぇ――……」

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Spiegel del Guerrero ―ある突撃手の物語― 篠塚陣 @shinotsuka_jin

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