信仰と愛と、打算と欲望と。それでも人の心の奥底にある善なるもの。

 青い月の夜に、異世界から落ちてきたユエを巡る『蒼き月夜に来たる』のスピンオフとなり、神官テル・ルーメンの過去を明らかにする物語。

 ユエの目を通して語られる本編では、真意が読みにくく曲者に見えた彼の本当の姿は、全く想像もしていなかった以上に純粋で、そしてなんともやりきれないほどに不憫な運命を負う青年でした。

 「神眼」を持つ神の子として、幼い頃から玩具代わりに教典を学び、どんなことも「請われれば厭わず受け入れる」。彼視点で語られるが故に淡々としていますが、読んでいるこちらからすればもうなんともやりきれず切ないのです。

 やがて、本編でも姿を見せていたフォルティスと出会い、初めての救いを得て、彼も少しずつ変わっていきます。それでもそんな安寧を許さないとばかりに襲いかかるかのような苛酷な事件。

 総主教とフェエルが彼に向ける深い想いは、とても複雑で、それでもきっと彼らなりにルーメンを愛していたのだろうと思うともう涙を堪えきれませんでした。

 やがてユエと出会い、さらに変わっていく彼は彼なりに幸せだったのだろうと思いますが、もういいからフォルティスと幸せになっちゃえよ!!とついつい思ってしまいました。

 運命に翻弄されるルーメンと彼を取り巻く人々の様々なかたちの愛の物語。
 まずはこの物語からでも是非読んでいただきたい素晴らしい一作です。

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