エピローグ
ねがいごと
(……別に汁まで飲み干す必要はないだろう)
目元をナプキンで拭き終え、僕は席を立った。激辛スープを残したままで。
スープが辛くて涙がこぼれたんだ、とマダムの背中に言い訳しながら
二千円。
決して安くない会計を済ませた僕は、その足で真っ直ぐ、七夕の笹へと向かっていた。
そして、願い事を書く。
「あら……珍しいこともあるのね。一攫千金でも願うのかしら?」
違う。
そんなものはまるで望んでいない――浴びるほどの金を手にしたところで、僕に欲しいものなど一つもないのだから。
そもそも願いという行為は、自分という存在を確認するためのイニシエーションに過ぎない。神という第三者を通じて、客観的に自分を見つめなおす儀式だ。
だからこそ、不相応は願わない。
身の程を知っているからこそ――僕は、短冊にこう記した。
【もっと上手にご飯を食べられますように】
そうだ……これこそが、僕の望んでいることだ。
何を食べても美味しいと思えないのは、仕方ない。
だけどもっと、食事と上手に付き合いたい。
本当に美味しいものと出会う――なんてのは、あまりにも過ぎた願いだ。
(この程度の願いなら、織姫と彦星も機嫌を損ねたりしないだろう)
「二十二歳とは思えない価値観だわ……まったく、先は長そうねぇ」
驚き半分、呆れ半分に呟きながら。
くらやみももこは還って行った。
(子供――そう、僕は年を重ねただけの、子供に過ぎない)
そして出来ることなら、いつまでも子供で在りたいと思う。
短冊に無邪気に願いを綴る、子供のように。
(先は長い、ね)
いつか子供を卒業しても、人生は続く。
大人になっても、食物語は終わらない。
いつか星になるその日まで、何かを食べて生き続けるのだと思うと、少し気が重くなった。
食物語【僕と「くらやみももこ」の食事レポート】 神崎 ひなた @kannzakihinata
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