⑥ 実食
(ぐっ……なんだ、これは!?)
早速僕は、障害に立ちはだかる。
汁を掻きまぜるたび、むせ返るようなニンニクの匂いが香るのだ。
その時点で――いくらか食欲を削がれた。
(そうか。いくらガーリックとお洒落に発音したところで、ニンニクはニンニク。パルファムは誤魔化しようがない)
僕は妄信していた。
ガーリックという語感の良さに。トマトスープという爽やかな印象に。
(しかし――人は自分の匂いには無頓着! 即ち、気にせず喰らってさえしまえばどうということはない――!)
ハングリー精神でパスタに、熱量の化物に臨め。
そしていざ、パスタをフォークに絡めようとして――
「は?」
予想外の事態が起こった。
パスタがスープでしっとりしているが故に――フォークに上手く絡まない!
(馬鹿な……! まさかこんな事が! パスタの常識を覆す、青天の霹靂とでもいうような――!)
まさに、絶体絶命。
スープパスタ――常識の通用しない、恐るべき怪物。
(……この食べ物の、正解がまるで分からない)
そもそもパスタの正しい巻き方とは、スプーンの上にパスタ乗せ、フォークで絡め取ることだ。
しかし、スープパスタともなれば――器の底が深い。
故に、スプーンの置き場所すらも無い。
結局僕は、美しく食べることを諦めた。
そして――パスタを啜るという暴挙に出る。
(ぐっ……! 僕は、そしてこの選択は間違ってない! 本格パスタだかなんだか知らないが、こんなんもうラーメンと変わりないだろ! ならば啜るという行為こそ妥当――!)
そして僕は、パスタを啜り。
「ごぶっ!?」
盛大に、むせ返る。
(想像を遥かに上回るニンニクの香り! バリバリに香辛料の効いたスープ!――というかめっちゃ熱い! 辛い!)
そうか――ストロベリーシェイク。
最初に冷たい物を摂取していたせいで、口内が過敏状態になっているのか。
策士、策に溺れる――か。
しかし。
今さらここで、匙を投げだすわけにもいかぬ。
選択した以上、前に進まなければいけないのだ。
(熱い! 辛い! ニンニクが香る!)
僕は咽せた。咽ながらパスタを啜った。テーブルに汁が跳ねても構わずに、無心で喰らい続けた。
(……それにしても、トマトの風味を一切感じない。消失している。最初からそこにいなかったみたいだ)
まるで社会に取り残された僕のように。
妙なシンパシーを感じる――トマト。
涙が零れそうになった。
それは決して、口内を熱と辛さで満たされているからでは――ない。
(くっ……くそ! こんなことなら、こんな想いをするくらいなら――最初からベーコンエッグ・カルボナーラにしておけばよかったんだ――!)
今こそ僕は、全てをぐちゃぐちゃにしてやりたい。
後悔はいつも先に立たない。
無い物ねだり。
選ばなかった選択肢は――尊い。
「……………」
くらやみももこは、最早言葉も発しなかった。
ただただ、ドン引きしていた。
パスタを食べながらガチ泣きする、二十二歳無職に。
そのことを想うと、僕は更に涙が止まらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます