まるで――読者もまた火車に追い立てられるような、焦燥感。

奇妙な作品だ、と思う。

物語の舞台はほぼ、「僕」と「先輩」の二人の大学生が会話をしている車内だけに限定される。そこで語られる内容は、「火車」と呼ばれる妖怪に関する話題だ。

「火車」について語る先輩の話は、一見すると単なる著者自身の知識・蘊蓄の披歴のようにも見受けられる。先輩の話の内容はおおむね通り一遍の一般論であり、とりたてて不審に思うような点はない。

だが、中盤の先輩による「ある一言」によって、ただの一般論に見えた「火車」の物語は、我々の生きるこの現実の出来事へと、あざやかに転じるのだ。

「その一言」からのこの小説は、読者にまさに「火車」に追い立てられるような焦燥感を与える、スリリングな文体へと様変わりする。

ただの昔の怪談話と思われた先輩の話が、急激に「私たちの問題」として痛切に迫ってくるのだ。

小説としての技巧や構成の面でいえば、著者の他の作品に出来を譲るかもしれない。

だが、作品に込められたメッセージ性の強さという面では、この作品は読者にとってとりわけ忘れがたい印象を残す作品であろう。