第5話:ノンフィクションさんは、嘘が好き
「やあ、君がジャンルちゃんだね! ボク、【ファンタジー】だよ。よろしくね!」
中から出てきたのは、なぜか詰め襟のついた紺の男子用学生服を着込んだ人物だった。
明るい緑の髪に、黒縁眼鏡でやわらかい笑顔は、線という線が細い。
ジャンルには、どこから見ても女の子みたいに見えた。
「初めまして。ジャンル・ダベルです。……えっと男の子ですよね?」
「――えっ!? 酷い……ボク、どこからどう見ても男装の美少女じゃないか!」
「男装しておきながら『どこからどう見ても』とか言わないでくださいよ」
「……なんか妙に冷静なツッコミだね、ジャンルちゃん」
「まあ、もうだいたいなんとなくわかってきたので」
この世界の住人たちにはなれてきたジャンルにしてみれば、このぐらいは想定内である。
「適応力が高いんだね~。ボクなんてこの世界に来たばかりの時はとまどってばかりだったけどね」
「え? ファンタジーさんは、もしかして私と同じ……」
「ああ、そうだよ。ボクも転生者だ。あるところで勇者として活躍していたんだけどね」
「そ、そうなんですか!」
「でも、世界を救うために魔王と相打ちになり、命を落としてしまったんだ……」
「そっ……それは尊い犠牲です!」
「まあ、嘘なんだけどね!」
「――はいっ!? 嘘!?」
さらっと言われた嘘に騙され、ジャンルは呆気にとられて固まった。
その固体化を解除するかのように、ジャンルの肩を後ろから現ドラがポンッと叩く。
「すいませんね、ジャンルさん。ノンさんはすぐに嘘をつくんですよ」
「そうなんですね……って、あれ?」
ジャンルは首を捻る。
現ドラは今、「ノンさん」と言った。
しかし、彼女は「ファンタジー」さんである。
どこにも「ノン」など入っていない。
「ああ、彼女、本当はファンタジーじゃなく【ノンフィクション】です」
「そっから嘘なの!? だいたい、なんでノンフィクションさんが嘘をつくんですか!?」
そう問いつめると、ノンは眼鏡をクイッとあげてみせる。
そしてふんぞり返りながら口を開く。
「ほら。
「それは偶然、本当になってしまうという意味ですよ!」
「ボクは、その偶然に賭けているのさ!」
「自分のアイデンティティーを偶然に賭けないでください!」
「ボクが本当のことを言うよりは確率が高いと思うよ?」
「どんだけ嘘つきなんですか!」
ジャンルの激しいツッコミに、ノンが妙に深くうなずいてから現ドラを見る。
「現ドラちゃん。彼女、いいツッコミ役だね!」
「ええ。神様もいい人材を送ってくれました」
「私、ツッコミ役として転生させられたんですか!?」
そのジャンルの言葉に、現ドラとノンが深く深くうなずく。
「「その通り」」
「ちょっ!? 神様、酷すぎませんか!?」
涙声になりつつあるジャンルに、ノンが神妙な視線を向ける。
「ジャンルちゃん、君は神様をなんだと思っているんだ!?」
「――神様ですよね!?」
「そうだけど」
「えっ!? 正解なの!?」
「だとしても、神様は万能だと思っているのかい?」
「神様だから万能ですよね!?」
「そうだけど」
「また正解なの!?」
「だとしても、万能だったらいろいろ面白おかしく好き勝手やりたくなると思わないかい?」
「それを抑えられるのが神様じゃないんですか!?」
「そうだけど」
「つ、疲れる……。ともかく神様が面白おかしくやっていたら悪魔と変わらないではありませんか!」
「ほら、昔から言うじゃん? 『
「――ちょっ、ルビ!! 罰当たりますよ!」
さすがにこのネタはまずいと、ジャンルは青ざめてツッコミを入れるが、ノンはどこ吹く風とすまし顔だ。
「ところで、ノンさん」
2人の会話が切れたところに、現ドラがまた開口した。
「ほかのメンバーも探しているのですが、皆さんどこに行ったかご存知ですか? なぜか留守のようなのですよ。たとえば【アクション】さんとか」
「アクションちゃんは、今日はコミケに行ったぞ」
「ああ。どうりでヒキコモリのアクションさんが家にいないわけですね」
「――アクションなのにヒキコモリなの!?」
思わずジャンルがツッコミをいれるが、それはかるくスルーされる。
「それでは【
「ラブちゃんならまた失恋しちゃって、今年360回目の
「――360!? どんだけ恋愛下手なんです!? というか、まだこの世界も7月ですよね!? 日数と失恋旅行回数がおかしくありませんか!?」
「それでしたら【メルヘン】さんは?」
「彼女は心療内科か精神科の病院みたいだけど」
「――それ、メルヘンさんではなくメンヘラさんでは!?」
「あ、ならば【ファンタジー】さんは?」
「異世界に転生したみたいだね」
「――ここからまた転生しちゃったんですか!?」
「【時代劇】さんは?」
「山に芝刈りに」
「――なにゆえ!?」
「【童話】さんは?」
「川に洗濯に行きました」
「――本当になにゆえ!? ……って最後だけなんか童話らしいけど!?」
「まあ、ほぼ嘘なんだけどね!」
「『ほぼ』ってどこからどこまで嘘なんですか!?」
ジャンルは眉間に皺をよせ、口元をヒクヒクとさせる。
このノリに慣れてきたが、やはり慣れきれない。
「いや、待ってください。嘘ではないみたいですよ」
現ドラがいつの間にかスマートフォンを手に、なにか情報を確認していた。
そしてフムフムと納得したようにうなずいてみせる。
「今、連絡用チャットルームを見てみましたが、ノンさんの言う理由のとおり、皆さんお出かけみたいですね。つまりノンさんの言うことは本当でした」
「――マジか!?」
驚愕の声を上げたのは、ジャンルではなくノンだった。
彼女は一気に顔から血の気を引かせる。
そして愕然としたまま、膝と手を地に着いてうなだれた。
「ま、待ってくれ……そ、それじゃあ、ボク……本当のことを言っちゃったのか!?」
「なんで本当のことを言ってショックを受けているんですか!?」
「……ダメだ。だって『
唐突にノンは立ち上がった。
そして、キリッと顔を引き締める。
「ボクは……ボクは修行の旅に行ってくる! 探さないでくれよ!」
「――ちょっ! どんな修行するつもりですか!?」
ジャンルの問いもむなしく、ノンはその場から着の身着のままで走りだしてしまった。
「ああ~……行っちゃいましたよ? 止めなくていいんですか、現ドラさん」
「大丈夫ですよ。途中で誰かと会うでしょうから」
「……え?」
「先ほどの『本当』というのは嘘なので」
「…………」
「……なにか?」
「とりあえず、貴方が一番怖いです、現ドラさん……」
この世界はやはり慣れないと思う、ジャンルであった。
そのころ、ジャンルの自宅では――
「うわ~ん! なんで誰もいないのよぉ~! 昨夜、怖い話しすぎて、昼間でも外に出られないのに! ジャンル、早く帰ってきてよおぉぉぉ~~~」
――ホラーが布団をかぶって、独りで泣きながら震えていた。
――自己紹介編・えんど♥
ジャンル・ダベルさんは、無駄話が好き♥( #無駄ジャン ) 芳賀 概夢@コミカライズ連載中 @Guym
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます