○○箱のいいところ5 『あなたと共にある』
学校から帰宅した俺はいつものようにポストを見ていた。
最早、毎日の日課となっていたこの行動だが、目的の物があった事はなく、今か今かとずっと待ち続けていた。
だが、今回は違う! そこには一通の封筒があったのだ……
宛名は俺で、差出人は漫画雑誌編集部、間違いない! これは俺が出した漫画の選考結果だ。
今回応募したのは、描いた作品に自信があったからってのもあるが、ここは第一選考の時点で、ストーリーやキャラ、絵の表現力などを軽く評価してくれるとの事で、自分の最高傑作がどう評価されるのか気になったから……と言うのもある。
(色んな賞を調べたけど、第一選考の時点で評価までくれる所って全くないんだよな~!)
「……何か嬉しそう。その封筒は良いものなの?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど」
リビングで封筒を持ってニヤニヤしてる俺に彼女が聞いてくる。
今の俺が、全ての力を出し切って書いた最高傑作――それがどう評価されているのか楽しみで仕方ないのだ。
「まぁ、第一選考は余裕で突破だろ~? 編集さんからもストーリーやキャラ、絵の表現力も全部飛び抜けてる! なんて書かれてるかも……」
「……太郎さんが楽しそうで、私も嬉しいです」
そう満面の笑顔で返してくる。相変わらず抑揚のない声音だが、本当に嬉しそうだ。その笑顔に勇気を貰い決心が付く……
「じゃあ早速見てみるか!」
ゆっくりと封筒を開け、紙を取り出す。中には二枚の紙が入っていた。多分、一枚は選考の結果発表、もう一つは評価シートだろう。
――おそるおそる中身を確認する。
「………………」
「……太郎さん?」
「………………」
「口開けろ」
「……はい? どうし……んっ!」
不思議そうに聞き返そうとする口に、二枚の紙を封筒ごと押し込む。驚いた様子の彼女を無視して、俺は自分の部屋に走って戻った。
「……太郎さん? どうしたんですか?」
コンコンと扉をノックする音が聞こえる。鍵を掛けたから、彼女が入ってくる事はないだろう。正直、今の顔を誰にも見られたくない……
第一選考結果――落選……
それを見た瞬間、目の前が真っ暗になった。紙には、まことに残念ながらとか、次回の応募に期待をとか他にも色々と書かれていたが、全く目に入らない。
俺の目には落選というこの二文字だけが、まるでハッキリと色分けされて書かれていたかのように見えた。
望んでもいないのに目に焼き付いて、瞳を閉じる度にその二文字が頭の中で何度も思い出されて……
「俺、本当はさ……分かってたんだよ」
「……何をですか?」
泣いてる事を悟られただろうか?
普段なら何も言わず、布団にくるまってこの感情の嵐が過ぎ去るをただ大人しく待つのに……
でも、今は気持ちを吐き出したくて仕方なかった。
「自分には漫画を描く才能なんかないって」
「……それは」
ずっと気付いていた事……
最初はただ、アニメのキャラクターやテレビの芸能人なんかを面白半分で描いて、それを友達や親に上手いと褒められたのが嬉しくて、絵を描き始めた。
色んな物を描いていく内に、絵を描く事自体が好きになって、いつしかそれだけじゃ満足出来なくなり漫画を描くようになっていった。
でも、ただ単純に今あるものを描くより、自分で考え、産み出した物を描く事は想像以上に難しくて……
考えて描いて、また考えて描いて、そんな事を繰り返していく内に気付いたのだ――自分には才能なんかないのだと……
「君なら知ってるだろ? アイデアすら思い付かないから、漫画を描く所まで辿り着けない」
「…………」
何度も、何度も投げたメモの山――あれは今日に始まった事じゃない。漫画を描き始めてからずっとこうだった……
ゴミ箱だった彼女なら嫌という程その事を知ってるだろう。
「……だからって才能がないかなんて分からない」
「分かるんだよ!」
人に八つ当たりなんてみっともない――そう思うのに声を荒げてしまう。
分かるんだ……だって、評価シートにそう書かれていたんだから。
ストーリー――題材こそいいが、それを作品に落とし込めていない。
やめてくれ……
キャラ――個性はあるが、何処かで見たことがあるようなキャラが多い。
もう、分かったから……
絵の表現力――普通。
俺は……
最後の一文を見た瞬間に耐えられなくなり、下に書いてある備考も見ずに、封筒ごとゴミ箱に突っ込んだ。
何が第一選考余裕で突破だ! 何が最高傑作だ! 何が……何が、何が、何が!
本当に俺は馬鹿だ。
「そうだ」
机の引き出しを開け、今まで漫画の為に記してきたメモやノートを取り出す。
「……太郎さん?」
ドアを開け、部屋に招き入れる。彼女の綺麗なその顔は悲しそうに歪んでいた……何で自分の事じゃないのに、そんな顔をするんだ。
「これを捨ててくれ」
机の上に置いたメモやノートを指差す。
「…………」
「俺にはもう必要ないから」
今まで何時間も、何日も、何年も掛けて書いてきたそれはただのゴミだった……
「早く捨ててくれ」
「……嫌です」
てっきり、今までのゴミと同じように直ぐに呑み込むと思っていた俺は面食らう。
今まで頼まなくても捨てようとした彼女だ。強く言えば直ぐに折れるだろう。
「いいから、早く捨ててくれ!」
「……嫌です」
「何でだよ!」
「……ゴミじゃないからです!!」
落ち着いた、抑揚のない声音だった彼女が、俺以上に声を荒げながらハッキリそう言った。
「それは俺が決める事だろ!」
机の上にあるノートやメモを自分で取り、近付いていく。
「……それでも嫌です」
彼女は両手で口を押さえ、断固としてゴミを捨てさせてはくれない。
「何でだよ……じゃあ俺はどうしたらいいんだ?」
その場で座り込む。こんな物見てても苦しくなるだけだ――だから、捨ててしまおうと思ったのにそれすらさせてくれないのか。
「………………あっ!」
「うん?」
何かに気付いた彼女は、自ら膨らんだ腹を押し込む。
「……オエッ! オロロロロロロローーー!」
「何してんの!?」
自分からゴミを吐き出す奇行に驚かされる。今まで我慢出来ずに吐く以外は俺に任せていたのに、何で急に?
「……わ、私は見てきました」
彼女は涙目になりながら、自分が出したゴミを漁っている。俺が学校で書いていた大量のメモから何かを探そうとしているようだ……
「……何度も、何度も書き直して、そこに置いてあるノートやメモよりも、もっと沢山書いて来ました……」
メモを開き中身をいくつも確かめる。
「……太郎さんはずっと、ずっと努力してきました! だからこんな終わり方は納得出来ないです……」
まるで自分の事のように涙を流しながら、彼女はそんな事を言ってくる。
「……あなたが捨てた物を、私は無駄だとは思わない!」
父の言葉を思い出す――選んだ方だけじゃない、選ばなかった方も、お前にとっての糧なんだ!
「分かったよ」
「……太郎さん?」
彼女と一緒にゴミを漁る。結果は既に出ている……でも俺の為に、ここまで必死な姿を見て放っておく事は俺には出来ない。
「これだろ?」
メモの山から封筒を見つけ、それを渡す。
「……これです!」
二枚の紙を取りだし、じっと見る。
「…………」
「これで、分かっただろ? 俺には才能なんて……」
「……太郎さん!」
「何だよ?」
「……これを!」
二枚の紙の内の一枚、評価シートを指差しながらこちらに見せてくる。
「既に見たよ」
「……違います! これを!」
「だから、終わったって……うん?」
ストーリー、キャラクター、絵の表現力の後にある備考――そこに何かが書かれている。
備考――全体で見るとまだまだな部分が多いが、所々にしっかりとした努力が見られる。これからも続けて描いていけば、絶対に良い作品が出来るだろう。
目から一筋涙が落ちる……そこからダムが決壊するように大粒の涙がボロボロと止まらなくなった。
「ありがとう!」
思わず、彼女を抱き締める。
「……た、太郎さん?」
彼女は驚いて赤くなっているみたいだが、今は気にしない。
「ごめん! 少しだけ……」
結果が落選なのは変わらない。
でも、勝手に何もかも諦めてちゃんとした評価を見ようとしなかった俺を、全部捨ててしまおうとした俺を止めてくれたのは彼女だ。
形はどうあれ、俺がやって来た事を少しは認めてくれる人がいた事が、本当に嬉しかった……
お前が迷った時、いつか助けになってくれるはずだ!
父の言葉は本当だった。
まさかこんな形で助けてくれるとは思わなかったが、彼女がいなければきっと俺は夢を諦めていた。だから……
「本当にありがとう」
「……太郎さん……」
俺の最高傑作は第一選考も通らないような作品だった。でも、俺はまだ頑張ろうと思う。
評価を書いてくれた編集者さんや、何より目の前の彼女みたいに、俺の頑張りを見てくれる人がいる限り……
「これからもよろしくな! ミオ!」
「……はい! こちらこそよろしくお願いしますね? 太郎さん!」
そう満面の笑顔で返してくれる彼女に、何故だか胸がドキドキする。相手はゴミ箱のはずなのにこの気持ちは……
「……太郎さん? どうしたんですか?」
「いや、何でもない! とりあえずこれ片付けるか……」
床には先程彼女が吐き出した、俺が書いた唾液まみれのメモが落ちている。まずはこれの掃除からだ。
まずは明日帰ってくる母さんにミオの事をちゃんと説明しよう!
これからもこの「ゴミ箱なカノジョ」との生活は続いていくだろう
だって、カノジョは俺のゴミ箱なのだから……
○○箱なカノジョ 要 九十九 @kaname-keniti
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