第7話そして、歴史は作られる

本物と偽物。

真作と贋作。


本物と寸分たがわなければ、その違いは一体なんだというのだろうか。


――おそらくそれは、自らを本物だとする認識しかない。


どちらかが、自分は本物だと主張してくれなければ、そもそも本物か偽物かの議論にすらならない。


そう言う意味で、古墳こふんが一番厄介だった。


何しろ、昨日から一度として話していない。時代娘クレイオの誰に聞いても、その声を聞いたことは無いようだった。

外見はいわゆる武装した埴輪像。

腰には直剣を帯びており、頭から兜をかぶっているので顔もよく見えない。

しかし、剣の反対には馬のマスコットのような埴輪をつけ、首には勾玉をはめていることから、彼女なりの小さな主張なのかもしれない。


前後左右から見ても、全く同じに見えてしまう。

しかも、顔を覗き込んでも嫌な顔一つしなかった。


「こちょこちょしてみる? でも、反応ないんだよ。胸もんでもダメだったんだよ。鎧きてるからかな? でも、鎌倉かまくらちゃんはちゃんと反応してくれたんだよ? 古墳こふんちゃんだけだよ。アスカのモミモミに無反応なの」

「驚かせてみても驚かないし。攻撃ははじかれるし。落とし穴作って落としたら、三日ほど行方不明になってたし」

いつの間にか、飛鳥あすか奈良ならが隣で真剣に腕組みしていた。


――ていうか、お前ら何気にひどくない?


でも、外的刺激に対して無反応だと対応に困る。


「なあ、誰か。古墳こふんの興味あることって知ってる?」

この場にいる全員を見回しても、その答えは得られなかった。誰もが、お互いの顔を見回している。

おそらく、他の時代娘クレイオとは積極的な交流を持ってなかったのだろう。完全に手詰まりとなってしまった。


思考の停滞が静寂を呼び、静寂が食堂を支配していた。


「もう、こんなことは無しでおじゃる!」

勢いよく扉が開け広げられ、その場の空気を一掃する声と共に、平安へいあんがつかつかと戻ってきた。


「もう、マロのような悲劇はなくすと誓うでおじゃる!」

涙を浮かべた必死なまなこで訴えかけられた。


――いや、誓うも何も……。僕が仕組んだわけじゃ……。

思わずそう言いそうになったけど、その目を見てるとそうは言えなかった。


短くても、心は通じ合ったんだ……。平安時代。色々と問題はあるけど、恋多き時代だったのだろう。


「そうだね。それには君たちの力が必要だ。協力してくれ、平安へいあん

真剣に見つめたその目の奥には、真摯に受け止めようと思う僕がいた。


「わかったでおじゃる。古墳こふんは腰の馬を取られると、巨大化するでおじゃる。見るでおじゃる」

つかつかと一方の古墳こふんのそばにより、いきなり腰のマスコットをひったくる平安へいあん。その表情はさっきとは違い、とても偉そうだった。


――しかし、古墳こふんに変化はない。平安へいあんの言葉を信じるなら、そっちが偽物で間違いないだろう。


「おかしいでおじゃる。こっちのこれを、こうでおじゃる」

「いや! もう――」


もはや、平安へいあんの中では、巨大化するかどうかが問題となっていたのだろう。今までに見られない素早い動きで、もう一人の古墳こふんから馬を奪い取っていた。


――逆鱗に触れるという言葉。まさに、それがふさわしい。


憤怒の表情を見せたかと思いきや、古墳こふんは一気に巨大化した。

食堂の天井を突き破り、どんどん大きくなっていく。


「にげろ!」

勝ち誇っている平安へいあんの手を取り、一気に食堂から避難した。他の時代娘クレイオたちも、僕の声に従っている。


「あはは! 古墳こふんちゃん。すごいよ!」

平安へいあん。だまってたし、ずるいし」

「ふふん。マロは何でも知ってるでおじゃる」

「いいから、にげろ!」

両脇を走る飛鳥あすか奈良ならを叱咤して、崩れていく屋敷から飛び出した。


――本当に、間一髪だった。

僕らが飛び出した瞬間、屋敷は一気に崩れていた。

いや、僕が安全に逃げれるように、時代娘クレイオ達が守ってくれていたおかげだった。


「ありがとう、みんな」

崩れ落ちた屋敷を振り返ると、その中でただ一人、巨大化した古墳こふんが立像と化していた。


「ところで、古墳こふんはあのままなのか? 平安へいあんは何で知ってる?」

「すぐに戻るでおじゃる。落とし穴にはまった時に、お腹がすいたので馬を引っ張ったでおじゃる。一度ああなると、寝てるでおじゃる」


――ああ、なるほどね。

平安へいあんの言葉が終わらぬうちに、古墳こふんは元の姿に戻るべく、徐々に小さくなっていった。


「だれか、古墳こふんの回収お願い。あと、偽物はそっちの方ね」

指さす先にいた古墳こふんの偽物。相変わらず無表情な顔で消えていった。


「明日を得る。そのためには覚悟がいるぜよ。おまんのその覚悟、見せてもらったぜよ」

なんだかよくわからないが、やけに納得した明治めいじの偽物。晴れ晴れとした表情に、本物の明治めいじが肩に手を置いていた。

――頷き、何かを納得する二人。


「じゃあ、そっちが偽物で。これで全員見破ったことになるけど、あの戦国せんごくの偽物は出てくるのかな?」

確かに終わったと思う。でも、それを宣言せずに、明治めいじの偽物は満足そうに消えていた。


「それより、本物の戦国せんごくちゃんは?」

「いないし。きっと、まだ寝ぼけてるし」

「そうでおじゃるな。冬眠中でおじゃった」

「何を悠長に! ていうか、お前らも古墳こふんの所にいけよ! 戦国せんごくも、がれきに埋もれてたら大変だろ! いくぞ!」


その時、駆け出した先にある瓦礫の中、そこにある冷蔵庫のような箱の中から、一人の少女が這い出してきた。


「うーん。よく寝たでござる」

寝癖の付いた頭を左右に揺らし、伸びをしながらその少女はあたりを見回していた。


「あれ? ここはどこでござる? まるで廃墟でござるな」

「あはは! 戦国せんごくちゃん! 寝坊だよ」

「タイム魔神攻めてきて大変だったし、後片付け手伝うし」

「なんと! 拙者、気付かずに寝てたでござるか? 不覚でござるよ」

戦国せんごく、いいから早くするでおじゃる」

駆け寄り、それぞれ手を差し伸べる三人の時代娘クレイオたち。桃山ももやまに抱えられた古墳こふんも、どうやら無事なようだった。


――とりあえず、終わった。タイム魔神の脅威はさり、一年という時間を勝ち取った。


犠牲は大きかったけど、時代娘クレイオ達は無事だった。

建物は壊れても、彼女たちが無事ならそれでいい。


「さあ、管理人殿。掛け声を頼むぜよ。新しい我が家を探しに行くぜよ!」

言ってる内容はともかくとして、その姿は頼もしかった。


「そうだね。じゃあ、とりあえず局長室を占拠するか!」

僕のあげた提案に、時代娘クレイオ達が賛同の声をあげていた。

壊れても、やり直す。そうして、歴史は繰り返す。


時代娘クレイオの明るい声を聴きながら、――局長室までの道のりで舞う桜を眺めて――タイム魔神から勝ち取った一年をどう使えばいいのかを考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

和史擬人伝・撚! あきのななぐさ @akinonanagusa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説