第2話 私のメイドは可愛い、はずなんだけど。
「よかったね、カエちゃん」
病院から自宅に戻る帰り道を私はカエちゃんと一緒に歩いていた。夕焼けに染まりつつある街道を多くの人が行き交っている。
「なにが」
金色の狐耳を生やした我が家のメイド、カエちゃんが私に顔を向ける。相変わらず、口元がむすっとしていて不機嫌そうに見える。けど、そう見えるだけだ。
「妹さんの病気、無事治るって」
先月(第一話)、私を誘拐した誘拐犯の妹さんの治療費を私の両親が出してくれたのだ。何かの縁と思い、こうして私達はその妹さんの見舞いに行っている。そして、肝心の誘拐犯のお兄さんはというと、感謝感激のあまり私たちの靴を率先して舐めようとしてくる有様だ。その度に、カエちゃんに一発軽くパンチを貰うのも、今では見慣れた光景だった。だが、それももうすぐ見納めになることだろう。
「ああ……そうだな」
だというのに、カエちゃんはどこか浮かない顔だった。
その理由を、私は知っていた。
「元の世界のこと、考えていたの?」
「……ああ」
カエちゃんは見た目よりずっと素直な子だ。
「カエちゃんには妹さん、いるんだよね」
「うん」
カエちゃんには、元の世界に妹さんがいる。あっちの世界に残してきたのが気掛かりなのだろう。
私には兄妹がいないけど、もしも私がカエちゃんを置いて別の世界に行っちゃったら今のカエちゃんと似たような気持ちになると思った。
だから、あえて私はその話をしようと思った。
「カエちゃん!」
私は小さなカエちゃんに覆い被さる。
「ふぇっ!?」
当然、カエちゃんは驚いた。
「前々から聞きたかったんだけど、カエちゃんの妹さんってどんな人なの?」
私がそう言うと一瞬戸惑いの表情を見せ、そして少し考えると、ポケットから何かを取り出した。そして、それを私に差し出す。
「ん」
それは、学校の生徒手帳だった。似たような物を私も持っている。恐らく、この世界に転生した時の服に入っていた物だろう。あの時の服も、女子学生が着る物に似ていた。
私は差し出された生徒手帳を受け取ると、すぐに手帳に小さな写真が挟まれていることに気づく。その写真には、2人の人間が写りこんでいた。
2人とも、私の知らない人間だったが、よく見ると1人だけ知っている人間がそこにいた。
「左側に写っているの、カエちゃん?」
こくりとカエちゃんが頷く。私は改めて写真を見た。
そこには、生前のカエちゃんが写っていた。黒髪のショートカットに釣り上がった不機嫌そうな目。小さな身体。間違いない。カエちゃんだった。
そして、そのカエちゃんの隣には女の子がいた。カエちゃんの妹さんだろう。
栗色の髪を腰まで伸ばした女性が、片手でピースサインをしながら人懐っこそうな笑顔をこちらに向けていた。ひと目で見て、きっといい子なんだろうな、と私は思った。
……ただ、胸も大きく、身長も高い彼女がカエちゃんの隣にいるとどちらかというと彼女の方がお姉ちゃんに見えた。
さらに言うと、妹さんの方がおしゃれな着こなしをしてるのに対して、カエちゃんは、なんて言うんだろう。ずぼら? な服装だった。運動用だろうか。動きやすそうな黒一色の可愛らしさの欠片も無い服を着ていた。
「アリス」
カエちゃんが私に声を掛ける。顔を向けると、ムッとしたカエちゃんが目の前に現れた。
「その、なんだ。それは、急に妹が写真を撮ろうって言ったから、その、仕方なくだな……」
ムッとしていたカエちゃんの顔が、言葉が進むに連れて赤くなっていく。
「……」
しまいには顔を逸らしてしまった。
どうしたんだろう、と思ってすぐに、あ、そうか、と気づいた。
恐らく、今しがた写真を見て私が思ったことが私の表情から筒抜けだったのだろう。カエちゃんの方が妹っぽいなぁとか、服が全然おしゃれじゃないなぁ、とか、そういうものが伝わったのだ。
その上で、カエちゃんのセリフを思い出す。
すると、私はあることに気づく。そして、口元をニヤニヤさせながら、顔を背けているカエちゃんを見た。
カエちゃんはやっぱり可愛いなぁ。
そう思いながら私は生徒手帳を返した。
ある妙案を思い浮かべながら。
「はい」
「ん」
「カエちゃん」
「なんだよ……って、うおっ」
カエちゃんが後すざる。当然だ。なぜなら、今、私は世界で一番邪悪な顔をしているからだ。
「ぐへへ……」
「ひっ」
カエちゃんが小さく悲鳴を上げる。怯えた顔も可愛いなぁ。じゃなくて。せっかく思いついた妙案を無駄にするわけにはいかない。早速、私は行動に移した。
「おりゃ!」
私はカエちゃんの身体をひょい、と持ち上げ背中に乗せる。
「うおっ!? な、何しやがるアリス!」
「おんぶ!」
「それくらい分かるわ! いいから降ろせ! ほら、みんな見てるから……」
「出発進行ー!」
私は勢いよく走り出す。
「降ろせー! 降ろせー!」
そう叫びながらも振り落とされないために私の背中にしっかりとしがみつくカエちゃんの温もりを感じながら、とある場所に向かうために私は走り続けた。
「終わった?」
「終わった……」
「じゃあ、開けちゃうよ?」
「い、いや、まだ心の準備が!」
「えいっ」
私は、私とカエちゃんを隔てていたカーテンを開く。すると、カーテンの向こう側には白いワンピースを着た小さな女の子がいた。予想通り、顔が真っ赤になっていく。
来てよかったなぁ、と私は心の中でイエス! と、ガッツポーズをあげた。
私達は今、服屋さんに来ていた。なぜ、服屋さんに来たかというと、私がカエちゃんに可愛い服を着せたくなったからだ。欲望に忠実なのが私のいいところだ。
それに、と私は思う。
私が写真を見たときのカエちゃんの言葉。あれは、時間さえあれば自分もおしゃれをして写真に写っていた、と言っているのと同じだと思った。
つまり、カエちゃんもおしゃれに興味があるのだ。
普段あんな風にケンカっぱやいカエちゃんが女の子の服を着てみたいと思っているんだなんて、それだけで私はいてもたってもいられなかった。さらに、カエちゃんは……
「カエちゃん」
「な、なんだよ。じろじろみんなっ。どうせ、私なんか……」
可愛い服なんて似合わない、と思っている。もちろん、私はすぐにこう言った。
「すっごい似合ってるよ」
最初はお世辞でも何でもいいから言ってあげようと思っていたけれど、着替えたカエちゃんを見て私は心の底からその言葉を言うことができた。
「そ、そうか?」
「うん!」
「そ、そうか……」
強張っていた表情がほどけていく。そして、自然な笑顔が出来上がっていった。
「え、えへへ……」
その笑顔を見た瞬間、私の中で春風が吹き荒れた。
押し倒したい。ただその感情だけが私を支配した。
私はわずかな理性でその感情を押さえ、一言放った。
「買った!」
白いワンピースを入れた手さげ袋を手に、私とカエちゃんは店を出た。
私はあれから考えた。
カエちゃんには申し訳ないけど、妹さんの方が綺麗に見えたあの写真から私は思うのだった。
恐らく、カエちゃんは綺麗な妹さんと自分を比べてコンプレックスを抱えていたんじゃないか。本当はおしゃれをして写真に写りたかったんじゃないか、と。
その結論に私は至ると思わず、クスリ、と笑ってしまった。
やっぱり私のメイドは可愛いなぁ、と。
そして、私は空想から、現実に戻ってくる。
どこぞの倉庫。また私は誘拐されていた。身体はイスにロープで縛り付けてある。いつものだ。
ついでに言うと、今回の相手はれっきとした犯罪組織。私の用心棒の噂は耳に届いているのだろう。見張る人数が桁違いだった。
だが、私を助けに来たカエちゃんの様子はというと。
「30、40、50……」
「何数えてんだぁ? 子ぎつねちゃん?」
「逃げるんなら今のうちだぜ? ま、てめぇも捕まえてまとめて売っちまうけどなぁ!」
ギャハハハ、と男達の下品な笑い声が倉庫を満たす。
それを無視して、カエちゃんが口を開いた。
「ざっと、100以上ってところか」
「あん? 俺達は全員で80人だぞ。ビビリすぎて数も数えられなくなったか?」
チッチッチッ、と、ピンと立てた人差し指を横に振りながら、違う、と意思表示するカエちゃん。男達の誰もが怪訝そうな顔をした時、カエちゃんの低い声が倉庫の床を這うように流れる空気を震わせた。
「私がブチ折る骨の数だよ」
その声に一瞬、動揺した男達の隙をついてカエちゃんが飛び込む。
血を血で洗う残虐ファイトが開始された。これもいつものだ。
「私のメイドは可愛い、はずなんだけど」
こっちの方が性に合ってるんだろうなぁ、と、ロープをはずしてくつろぎながら、私は思うのだった。
我が家の狐耳メイドは異世界でヤンキーと呼ばれているそうです つけもの @wind-131
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