我が家の狐耳メイドは異世界でヤンキーと呼ばれているそうです
つけもの
第1話 我が家のメイドさん
とある場所にある倉庫の中。
その薄暗くて、広い空間に男の怒声が響き渡る。
「用意できねぇだとぉッ!」
男は手紙に書いてあった文字を読み終えると同時に、手紙をビリビリに破り捨てると、近くにあった荷物が入った箱を蹴った。すると、ごりゅっと変な音が男の足から鳴った。
「はうっ」
ここは鉱山の近く。箱に入っているのは出荷前の鉄鉱石だ。男の蹴りでは箱は微塵も動かず、どうだ動かしてみろ、と言わんばかりにそこに居続けていた。
「だ、大丈夫ですか」
私は心配して男に話し掛ける。
「はぁ!?」
なぜか男は激昂しながら私に近づいてくる。
「だいじょうぶですかだと!? お前、今の状況わかってんのか!」
「はぁ」
「落ち着きすぎだろお前! この手紙見ろよ! この手紙を……あれ? どこいったあの手紙」
「兄貴。手紙はさっき兄貴がビリビリに破いて捨てました」
男の仲間が冷静に情報を伝える。
「あ、そっか……いや、そんなことはどうでもいい!」
再び、私に噛み付くかのように兄貴と呼ばれた男が私に近づく。
「てめーの親は何考えてやがるんだ! 娘が誘拐されてんだぞ! 俺が『娘はさらった。返して欲しくば500万ドイルよこせ』って手紙を送りつけてやったら、なんて書いてあったと思う! おい! 子分その1! お前ならなんて書く!」
「『頼む。金なら払う。娘は返してくれ』」
「だよなぁ!」
なぜか男は満足そうに頷く。
「だけどなぁ」
男は手紙の内容に話を移そうとしたその時、男の様子が変わった。
「うぐっ……ひっく……」
突然、男が泣き出す。
「『どうでもいい』……だとよ。そりゃねぇぜちくしょう!」
「兄貴ぃ…世の中、世知辛いっすね」
男につられて、子分その1も泣き始める。子分その2の男も泣き始めた。
「お嬢さん! 元気出せよ!」
「え、でも……」
男三人が良心を痛め、泣き始めるという光景に戸惑いながらも、私は返事をした。
「私を誘拐したの、あなた達ですよね」
男達は黙った。自分達がしたことを、一時的に忘れていたようだった。
「私をイスにロープで縛りつけた人達がそんなふうに泣かれても、こっちが『そりゃねぇぜちくしょう!』なんですけど……」
「う、うるせぇ!」
男が涙を拭いながら、かすれた声をあげる。
「だいたいなんだお前! 誘拐されたっていうのに落ち着きすぎだろ! こっちはそのつもりはねーが命を奪われてもおかしくねー状況なんだぞ!」
兄貴と呼ばれる男の言葉に子分その1、その2がうんうんと頷く。
そう言われても私はピンと来なかった。
なぜなら。
「私、誘拐され慣れているんです」
「ゆ、誘拐され慣れている?」
戸惑う男に私は頷く。
「ええ。1人になった時、あるいは集団で歩いている時、家で寝ていても、お風呂に入っていても、いつの間にか誘拐犯が乗った馬車の中にいるんです」
「凄まじい人生だな」
「はい。だから私も、親も慣れちゃいました」
「いや、慣れるもんなのかなぁ……」
「でも、慣れちゃいました。あ、だけど」
「ん?」
「慣れてない人が、一人いますね」
私がそう言うと同時に、倉庫内に大きな音が響き渡った。全員がその音がした方に顔を向ける。視線の先には、ひしゃげた鉄製の巨大な倉庫の扉があった。
その光景に誰もが驚いたことだろう。ダイナマイトでも使ったのか? そう思わせるような状況が目の前に広がっていたからだ。
でも、私は知っていた。その扉がどうしてそうなったのか、そして、それを、誰がやったのかを。
壊れた扉の向こう側から誰かの足音が聞こえてくる。そして、その誰かは壊された扉を通り抜けて私達に近づいてきた。
扉を壊したのはメイド服を着た女の子だった。その女の子には頭に着けられたカチューシャの近くに、ピン、と立った狐の耳が生えていた。長い金髪は肩まで掛かり、釣りあがった目が気だるそうに私を見つめている。紫色のスカートからは、黄色い尻尾が見え隠れしていた。
私は思わず、その女の子の名前を呼ぶ。
「カエちゃん!」
カエちゃんと呼ばれた女の子はこれまた気だるそうに頭を掻きながら、口を開いた。
「迎えに来たぞ。アリス」
三日月かえで。彼女は異世界から来たらしく、転生してこの世界に来たそうだ。生前、彼女はケンカが強かったという。
私は再び、壊れた扉を見る。向こうの世界の人たちは力が強いんだなぁ、と私は呑気に思った。
カエちゃんが私に向かって歩き出す。メイドとは思えない風を切るような堂々とした歩き方で近づいてきた。
男達も何かを感じざる負えなかったのか、1歩2歩、あとすざる。しかし、1人だけ前に躍り出た。その人物は、兄貴と呼ばれた男だった。
「い、妹の病気の治療にはお金が必要なんだ! てめぇがなにもんだろうがぜってぇお金は支払ってもらうぜ!」
その声を合図にしたかのように他の二人が兄貴に並ぶ。
「へぇ」
カエちゃんが足を止める。男達はカエちゃんの動きを固唾を呑んで見守っていた。
「じゃあ、支払ってやるよ」
カエちゃんの言葉に男達が戸惑いの色を見せる。同時に、わずかながら安心したようにも見えた。
けれど、カエちゃんは続けてこう言った。
「あたしの身体、でな」
空気が一瞬、停止した。男達の顔にはきっと、唖然とした表情が浮かんでいるに違いなかった。
そして、当のカエちゃん自身はというと……。
「ふふん」
なぜか得意げだった。決まった、とでもいうかのように誇らしげに胸を張っている。
「カエちゃんカエちゃん」
「待ってろよアリス。すぐにこいつらぶっ飛ばしてやるからな」
「じゃなくて、自分で言った言葉の意味、わかってる?」
「わかってるよ。私の拳一発受けたら私の貯金からその金出してやるよ、って意味だろ」
「わかってないし、絶対この人達に伝わってないよそれ。じゃなくて……もうっ」
私は自分を縛っていたロープをほどくと、カエちゃんに近づいてごにょごにょと耳元で本当の意味を教えてあげた。すると、見る見るうちにカエちゃんの顔が赤くなっていった。そして、すぐに男達に言葉を放った。
「だ、誰がてめーらなんかにそんなことしてあげるもんか! 一発見舞ってやるから、そこになおりやがれ!」
どんどん赤くなるカエちゃん。話を一盛りも二盛りも過激な内容にしただけあってその効果は抜群だった。カエちゃんはエロい話に弱いのだ。けど、男達の反応は冷たいものだった。
「いや、別にいいよ。言葉遣い荒いし……」
「目つき悪いし、ちょっと身長小さいし」
「おまけに貧にゅ……」
子分その2が言葉を言い掛けた瞬間、ぶちり、とカエちゃんから音が鳴った気がした。
「……開いたぜ」
「ん?」
「地獄の扉が開いたぜ、テメーらッ!」
カエちゃんが地面を蹴って、三人の男に襲い掛かる。もちろん、暴力を振るうために。
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁッ!」
男達の断末魔の叫びが倉庫に轟く。私はまたこの展開かぁ、と思いながらその光景を見つめているのであった。
「待ちやがれっ! 奥歯に手ぇ突っ込んでガタガタ言わしてやる!」
「もう許してぇぇぇぇぇ!」
三日月かえで。異世界人。うちのメイドさん兼、私の友達。そして。
「ヤンキーなめんな!」
元、ヤンキー。
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