♯003
耳からポケットに長く白く細いコードが続く。セミたちが鳴く声に、かんかん照りのアスファルトの屋上。ちょっと離れた所に目をやると涼やかなグリーンで、照り返す熱にやられそうになる。
都心の4階建てのビルの屋上。タイトジーンズに、風にそよぐゆったりとした白く長い腰までのノースリーブに高めヒールのサンダル。風がふっと吹くたびに栗毛色の肩甲骨まで伸びた髪がふわっと宙をまった。近藤の手からは、雫が溢れた。
パピコ片手に塀に寄りかかると、空を仰いぐ。
「あっつ」
日陰にこもる他の人間を横目に、近くあるベンチへ崩れるように仰向けになった。
眼に映る海のように深い淡い青空。横になったベンチへの上を飛行機雲が走っていく。音もなく遥か上空を右から左へ通過していく。
私は瞼をゆっくりと閉じた。何もない闇の中で、イヤホンからの音だけが心地よかった。
冷たいアイスを食べたせいか、妙に眠い。
微睡む日差しの中で、耳からは地元のラジオが流れている。
『今日の国内最高気温は42度』というDJの声を聞くと私は深く眠りに落ちた。
遠くで微かにチャイムが鳴る音が聞こえた。
どれ程の時間が経っただろう?
魔法にかけられたような眠気から薄っすら目を覚ますと、木陰の下に私はいた。暑い中での涼しさに思わず、また眠りに落ちそうになって体を起こした。
もじゃもじゃの短い黒髪に、すらっとした身長とピシッとした長袖を肘までまくったワイシャツ。その木陰の主は、景色を眺めながらゆっくりと携帯片手に煙をふかしていた。
「先生、いま何時ですか?」
その男は咥えたタバコを持つと振り返ると半笑いで言った。
「14時だぞ、近藤!お前、寝てんじゃないよ!」
「えあ、ごめん先生」
ぼーっとした頭のメモリーを何度か瞼をぱちくりさせて再起動する。
肩が焼けるように暑い。もあっとした風がプール上がりのような心地よさ。
「あーあー!ごめん先生、あたし帰るわ!」
急いで足元の鞄に手をつけて勢いよく立ち上がると、男は『なんだ、なんだ?』という顔をタバコを吸いながらした。私は立ち上がっても身長178cmの胸の辺りまでしか身長がない、立ち上がった私の焦りを知ってか知らずか、冗談めいたように言った。
「なになに?お姫様はお急ぎでどこへ?」
「バイトなの15時から。あとはテキトーに言っといて」
「お前バイト何してんのよ?ファミレスか?コンビニか?」
「渋谷の紀伊国屋書店」
「ちゃんと働いてるのかー?サボるなよ?」
「心配無用でーす。長いですから」
鞄を開けながら、必要なものが全て入っているかガサガサと確認すると私はチャックをビューと閉めた。
「気をつけてなー!」
「先生、またねー」
渋谷は、1日平均乗車人数は37万人。山手線や埼京線、湘南新宿ライン、東横線、東急メトロ、何処へでもいける。いつでも逃走ルートが確保されている環境が好きだった。
学校から三駅。
午後の空いた電車へ乗るために、早足で階段を降りた。一階の裏口から他の人に気づかれないように出ると屋上を見上げる。
木陰の主はタバコを高く上げて下にいる私へ目配せすると、ゆっくりと揺らめく白い煙が見えた。
※※※
歩幅のベクトル 甘原みゆ(おみはら みゆ) @nanase521
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