♯002

 この図書館は、一般書架と児童書架に左右分かれていて、34席の閲覧席が一般の方にはある。僕はその1番端が好きで良く座っていた。


 割と埋まっているかと思っていたら、ちょうど一席が空席になるところだった。

 帰り支度をする老人に声をかけると、気前よく席を譲ってくれた。

 軽く挨拶を済ますと荷物を置いて、席を立つと途中で気になって手にした本をテーブルの上に出すと、ほっとひと息ついた。


 閲覧席はどれも窓際に面した広めの席で、ファミレスのようなボックス席になっている。外の風景を眺めながら、夏の日差しが降り注ぐ街を見下ろすと、ここは天国だった。鞄からタオルを出すと眼鏡を軽く一拭きした時だった、あの彼女が視界に入った。

 席を探しているのか、手に数冊の本を持って辺りをキョロキョロしていた。

 30秒悩むと、僕は眼鏡をかけると、軽く手を挙げた。

「近藤、こっちこっち」

 小さな声で彼女を呼び寄せた。彼女は僕を見つけると、パタパタと歩いてきた。

 驚いたように目を丸くして、僕を覗き込んだ顔の近さに耐えられず、思わず眼鏡をもう一度拭き直した。

「ここ、空いてるから座りなさい」

「失礼します」

 彼女はペコリとお辞儀をすると、僕の前に座り左右に揺れた栗毛を耳にサッとかけた。




 ※※※


 一般書架のコーナーに、好きな作家の本を探しに来たのは久々だった。いつの間にか、高校を卒業して、いつの間にか新しい学生としての生活が始まって2年が経っていた。

 首元の白いシャツのボタンを1つ外して、タオルでパタパタ仰ぐ。


 あとどれくらいしたら、汗が引くのかわからないような気分でいた私は、その作家の本を2冊と、隣の雑誌コーナーから、ダヴィンチを取ると座れる席を探して窓辺へ向かった。

 どんな図書館よりも、ここの席が好きだった。

 細長い通路を抜けて、外に出るような感覚に、まるで隔離された緑に囲まれた中庭のようだった。


「うーん、結構満席かぁ」

 私はキョロキョロして辺りを見回すと、腕時計をチラ見した。午後3時、まだ閉館まであと少しある。そう、思い顔を上げると呼ばれた。


 私を呼ぶその声は、聞き慣れた声だった。

長く頭上に伸びた左右に手を振っていた。見覚えのある出で立ちに懐かしさを覚えた。


「先生?」


 パタパタと引き寄せられるように先生の元へ歩みを寄せた。

 思わずじーっと見つめていると、先生は顔をそらして座るように促したので、座席に腰かけた。


 すらっとした上半身に、黒く短いもじゃもじゃの髪。こちらを見つめては、頭をぽりぽりとするかと思えば、満面の笑みで迎えてくれる。

グレーのロゴ入りのポロ。いつも教室で見ていた筆記具に、数冊の本と眼鏡。

 思わず、笑みがこぼれるのが自分でも分かった。









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