歩幅のベクトル

甘原みゆ(おみはら みゆ)

♯001

 戸惑えば戸惑うほど、

 それは恋だったのだろうか。



 2015年の7月5日土曜日、天気は快晴。

 雲ひとつない真っ青な空から夏の光線が降り注いでいた。ガタガタと電車が通過する度に、駅ホーム頭上の電光掲示板には次々と発着がアナウンスと共に知らされる。

 14時45分、駅の改札を抜けると私は駅前のタリーズ脇に昔からある短い階段を上がっていつもの場所を目指した。その場所は、駅から線路脇の道路を歩いて少し坂を登ると見えてくる。この町は駅の向こうとこっち側では地形が全く違う。

 向こう側は、平坦な住宅街に商店街。高校時代からよく行くファミレスがある。

 こっち側は駅前から坂の街。

 線路脇の道路をグングンと歩いていくと、もう酷いほどの汗が首筋をつたう。

「あつっ。」

 手持ちの日傘では防ぎきれない日差しに根を上げた私は、虹色の帆布トートバッグから白いタオルを出すとおでこから首筋を拭くと、おもむろに駅で買ったミネラルウオーターを取り、口に含んだ。


 駅からの勾配45度、その坂を登りきると目的地はあった。

 横浜市立図書館。

 古びた白いタイルの外壁に茶色のレンガがしきつめられたエントランス。高校時代から通う図書館に来たのは久々だった。



 鈍い音とともに、自動ドアが開くと外の熱気とは裏腹に館内は程よい空調が効いて涼しい。



 ※※※


 タイトなジーンズに、白のシャツからすらっと伸びる細い腕、綺麗な肩にかかる栗毛にを耳にかける細長い指が印象的な人だった。


 彼女は、少し周りと雰囲気が違っていた。

 この図書館は割と高年齢層か、近くの私立学校の生徒さんが多く、彼女のような出で立ちは珍しく目を引いた。

 切れ長の目に、ゆったりとした動作。

 細い白い腕先の小指には、シルバーの指輪がよく似合う。


 僕は反対側の自動ドアから入ってきた彼女に、唐突に目を奪われた。


 手に持った黒縁の眼鏡をかけ直すと、彼女の姿はなかった。

 おもむろに、黒い鞄から5冊の本を取り出すと返却窓口の男性に手渡した。

「もう読んじゃったのかい?先生」

 初老の男性は、そう声をかけた。

「なかなか、面白くてあっという間でしたよ」

「そうかね。それは良かったね?そう言えば、こないだ借りたいって先生が言ってた本が返却されてきてたよ」

「ホントですが!?ありがとうございます」

 僕は、男性の言葉に礼を言いいつもの席へ向かった。


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