夏色水

赤魂緋鯉

夏色水

 蒸し風呂の様な暑さが、アブラぜみの大合唱のせいで、3割増しに感じられる夏休みの昼下がり。


 部活終わりの女子高生2人は、太陽に背中をあぶられながら、体育館脇の道を通っていた。


 陸上部に所属する彼女達は、今日が用具の片づけ当番だった。

 使った用具の数が多かったので、他の部の生徒もほとんど帰っている。


「うー、あっつい……」

「しょうが無いでしょー」

「あーん。夏やだよー。冬が良いよー、まっきー……」

悠花ゆうかあんた、冬には逆の事言ってるじゃん」


 しかも毎年、と、まっきーこと真紀子まきこは、あきれ顔で悠花へそう言う。


「じゃあ春がいい」

「スギ花粉がやだ、とか言ってなかったっけ?」

「……じゃあ秋」

「夏が終わるのが寂しくていやなんでしょ?」

「うー。移住するしか無いか……」

「はいはい。バカな事言ってないで帰ろうねー」


 彼女らはそんな気の抜けた会話をしつつ、道を曲がって体育館の陰に入った。


「ひ、日陰なのに暑い……」

「コンクリートジャングルだからね」


 地面出てたらまだマシかもよ、と言って、真紀子は少し離れた所にある緑地を指さす。

 大きいマウンドの様になっているそこは、植えられている常緑樹とツツジの低木で、ちょっとした茂みになっている。


「おわー!」


 彼女の指す先を目線で追っていた悠花は、突然うれしげな大声を出した。


「なに?」

「まっきー見て見て! 新しい自販機が置いてある!」


 悠花の目線の先には、体育館の柱の陰に設置された自動販売機があった。

 それは、生徒の要望で新たに置かれた物で、夏休みに入った数日後に設置されたばかりだった。


「まっきー! ジュースおごって!」


 悠花はそう言って頭を下げると、頭上で合掌して真紀子に頼み込んだ。


「自分で買いなさい」


 だが、彼女は冷たくそう言うと、財布を出して自分の分だけの金額を入れて、スポーツドリンクのボタンを押す。


 ピッ、という電子音と共に、受け取り口にペットボトルが落下した。


 それを手にとった真紀子は、すぐに開封してゴクゴクと飲んだ。


「ねえねえ、ちょっと飲ませてよー」

「やだ」

「もーん、私たち幼なじみじゃーん」


 けちー、と唇をとがらせる悠花に、ケチはあんたでしょ、と真紀子は切り返す。


「むーん……」


 真紀子のつれない態度を受け、むくれている悠花を見た真紀子は、


「どうしても、って言うなら、私からうばってみなさい!」


 ボトルのキャップを閉めると、それを少し持ち上げて悠花へそう言う。


「よーし! 受けて立つ!」


 勝負に乗ってきた悠花は、早速ボトルに手を伸ばすが、真紀子はつま先立ちでそれをひょいと頭上に掲げた。


 悠花より真紀子の方が10㎝程背が高いので、そうされると悠花には手が届かない。


「えいっ! えいっ!」

「甘い甘い」


 必死にジャンプする悠花だが、真紀子はそのたびに後ずさりしつつ、彼女がぶのと逆サイドへボトルをずらす。


 それを何回もやっている内に、2人は緑地の茂みへと入っていた。


「諦めて自分で買ったら?」


 余計に汗だくになって息を切らす悠花へ、真紀子は涼しい顔でそう提案する。


「隙あり!」


 一瞬、位置が下がった所を狙って、悠花が飛びかかろうとするが、


「――ってうわあっ!」


 彼女は足元に落ちていたパンの空き袋を踏んづけ、滑って前のめりに倒れた。


「ちょっ! 危なっ!」


 真紀子はとっさに腰を落として両手を広げ、悠花を受け止めようとする。


「なんてね」


 バランスを崩したフリをしていた悠花は、低い姿勢で真紀子の懐に入り、


「んむッ!?」


 素早く真紀子の唇を奪うと、その口の中へと舌を滑り込ませる。


「あ……、ふ……っ んんっ」


 容赦なく舌を絡ませてくる悠花に、口内を翻弄されるばかりの真紀子は、抵抗する間もなく腰が抜けてその場にへたり込んだ。


 悠花は前歯をぶつけない様、ヒンヤリとした地面に真紀子をそっと押し倒した。


「ちょ……、ゆう……、か……っ。ふ、あ……っ」


 しばらくの間、くぐもった声と水音が続く。それが止まったときには、真紀子の息は絶え絶えになっていた。


 力が抜けている真紀子の手から、ドリンクのボトルを奪い取った悠花は、


「とったどぉー」


 得意げに笑ってそう言うと、真紀子にのしかかったまま中身をグビグビと飲む。


「こういう、事は……、好きな人に……、するものでしょ……っ」


 一転、自分が汗だくになった彼女は、口元を手で隠しつつ、胸を大きく上下させてそう言う。


「うん。そのくらい知ってるよ」

「じゃあ……、なんで……、私に……」

「だって私、まっきーの事、凄く好きだし」


 悠花は真紀子の目を真っすぐ見つめ、彼女へ直球の言葉を投げ込んだ。


「まっきーって美人だし、唇がすっごくえろいし、基本優しいから、昔からずっと――」

「ま、まってまって!」


 うっとりとした表情でしゃべる悠花に、ちょっと整理させて! と、真紀子は半分パニックになりながらそう言って制止する。


「好きってその、ライ――」

「ううん。ラブの方」

「私、女だよ?」

「うん」

「男子じゃなくて、いいの?」

「うん」


 真紀子の質問の全てに直球で回答し続けた悠花は、


「だって私、今まで好きになれた人って、まっきーだけなんだもん」


 大好物を目の前にした様な微笑ほほえみを浮かべ、舌なめずりをしながら真紀子の首筋を指でなぞる。


「ん……、んっ」


 その感触に、背筋に心地よい悪寒が走った真紀子は、目を閉じて悩ましげに息を吐く。


「まっきーは……、こういうの、嫌?」


 悠花は顔を徐々に近づけながら、真紀子へそう訊ねる。

 興奮が抑えられない、という調子の彼女だが、どこか奥底の方でためらっているのを感じられる。


「……嫌だったら、もっと抵抗してるよ、悠花」


 それを感じ取っていた真紀子は、そっと悠花の顔へ手を伸ばしてそう言う。


「じゃあ、続き、する?」


 覆い被さってきた悠花の問に、真紀子は顔をさらに赤らめながら頷いた。


「んふ。まっきーの欲しがり」


 その声の後、小さな水音とくぐもった嬌声きょうせいが、再び茂みの中から漏れ聞こえてくる様になった。


 ややあって。


「暑、い……」


 服が肌に張り付くほど汗をかき、あえぎながら言う真紀子へ、


「夏だから、ね」


 同じように汗だくの悠花は、満足げに笑いながらそう言った。

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