エピローグ
椛音が元の世界への帰還を果たしてから、約一か月後。
その間、彼女の身体に以前のような瞑力が戻ることは無く、デーヴァとの繋がりもまた、依然として感じられないままであった。
なお、椛音が行方不明になっていたという事実は、セラフィナが派遣した
椛音はそんな中で、自身がエスフィーリアに居た頃の時間を思い返し、其処で自分の身に起きた一連の出来事が、まるで一時の夢幻であったかのように感じられたが、彼女は自身の右手人差し指に光る輝きを見る度、それが紛れもない現実の時間だったことを強く認識し、姿こそは見えないものの、確かに其処に在る大切な人のことを、碧落の彼方に描いていた。
そうして過ぎ去る日々は、木間の枝葉を揺らす風のように、
椛音が、久方ぶりに学校の制服を着ると、それはまだ袖を通していなかったように新鮮で、また何処かぎこちないようにも彼女には感じられた。
さらに、椛音にとっては元々馴染みが薄かったとはいえ、以前は確かにしっかりと覚えていたはずの通学ルートが、まるで初めて通る道のように思え、彼女は自分と同じ制服を着た生徒の後を追うようにして、何とか学校の校舎まで辿り着いた。
そして椛音は、掴んでいなければ離れていってしまうような、記憶の糸を手繰りよせるように、自分の学年に割り当てられた階の廊下を歩きながら、予鈴の音を迎えても尚自分の教室を探し続けていたが、そんな彼女の右肩をその背後から急に掴んできた手があった。
「やっほ、かのん! ここのところは会ってなかったけど、元気にしてた? 私、新学期の初日から、危うく遅刻しようになっちゃったよ」
はっとした椛音が振り返ると、其処には共にサマーキャンプに同行したことになっていた彼女の友人である神河瀬玲奈が、
「あ……うん、せれなちゃん、私は元気にしてたよ!」
「ふふ、そっか。ほら、こんなとこでうろうろしてないで、早く教室に入ろ?」
そうして教室に足を踏み入れた椛音だったが、彼女がどうしても自分の席を思い出せず、机と机の間とを行ったり来たりしていると、それを見た瀬玲奈が笑いながら、
「もうかのんったら、まだどこか夏休みボケしてるんじゃないの? かのんの席は、私の隣でしょ!」
と椛音に告げ、窓際の一番後ろにある席を指しながら、手招いて見せた。
「あ、うん……そうだった、よね! ごめん、ごめん」
それから程なく自分の席に着いた椛音が、本鈴のすぐ後に現れた担任の女教師の話を、心ここに在らずといった面持ちで聞き流していると、右隣に座る瀬玲奈が、いつからか自分に向かって話しかけてきていることに、椛音はようやく気が付いた。
「ねぇかのん、聞いてる? 何だか楽しみだよね!」
「あ、ごめんねせれなちゃん。楽しみって、えっと、何が……?」
「んもう! さっきからぼぉっとしちゃって。ほら、もう来るみたいだよ」
椛音が、そう言って正面を向いた瀬玲奈の顔につられるようにして、その視線を教壇の方に据えると、間もなく其処に立つ担任に導かれるようにして、教室のドアが開かれ、その奥から二つの人影がその姿を覗かせた。
「…………えっ」
それは、旭光に洗われた
それは、星光を戴く夜空よりも壮麗で眩い、
「はじめ、まして」
二つの
椛音の中で止まっていたはずの時が再び、その針を前へと進めた。
まるで失われていた空白を指先で確かめるかのように、ゆっくりと。
ただ、光が差しているその先へと、向かって。
七色のクオリア 綾野 れん @pianeige
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