第14話「悪魔のデバイス」

「いやぁ、今回は久しぶりに楽しい仕事だったよ。また仕事がブッキングした際はよろしくな」


晴れ渡る雨上がりの朝、全ての残務処理を終え、希州と夜斗は次の仕事が控えているとの事で、ここで別れる事になった。

夜斗の姿も今は豆シバになり、希州の背負うリュックの口から顔を出している。


「はい。お疲れさまでした。あ、黒ちゃんの事務所って代官山なんですよね?今度遊びに行きますよ。所長と一緒に」

「……春日君」

希州から貰った名刺を見ながられむが無邪気に笑う。それを聞いた双葉の顔が大きく引きつった。


一夜明けると、村はすっかり様変わりしていた。

祠のあった山は見事に崩れ、ただの平らな土の塊と化した。

そして問題の喜水館だが、奇跡的にも旧館だけが山り崩壊で流れ、建設中の新館はそこだけ綺麗に残されていた。

そして竜神の身体を分断するように建っていた旧館が消えた事により、気の流れが正常になり、風水的にも安定した土地に生まれ変わった。


数々の不幸の現場となった喜水川も淀みは消え、今では魚も泳いでいる。

竜神の加護はなくなってしまったが、気の流れが戻った事により、この土地はきっと再生するだろう。


「あぁ~。黒ちゃんたち行ってしまいましたねぇ」

残された双葉とれむだったが、その関係はどこかぎこちない。

れむにはその時の記憶は残っていなかったので、あの時、実際に何があったのかは分からなかった。

希州たちも話してくれなかった為、れむには双葉の不機嫌な理由がわからない。


「あの、所長。本当にどうしちゃったんですか?やっぱりあたしが悪いんですか?」

れむは腕を組んで立っている双葉の目の前までやって来て顔を覗いた。


「そうか。悪いと思うのなら少し痛い目を見てもらおうか?」

「はい?」

やっと口を開いた双葉の言葉にれむは眉を寄せた。

見ると双葉は手の関節をポキポキと鳴らしていた。何とも不気味な光景だ。


「ちょっ……、待って下さい。所長っ!あたしそこまで悪い事したんですか?」

「往生際が悪いな、春日君。早く瞼を閉じて上を向くんだ」

切れ長の瞳が氷の刃のように閃く。

れむは逃げ出したくなるのを堪え、覚悟を決めて歯を食いしばった。


「わかりました。あたしも一人前の助手ですっ。……あの、出来たらちょっとだけ手加減してもらえません?あのほら、痣とか出来るのは……」

「それは善処しかねるな。手加減などする気もないし、痛くしなくては仕置きにならない。そうだな、痕も残るかもしれない」

「え~っ、所長!」

「あぁ、少し黙って。それに歯を食いしばるのではなくて、少し口を開けて」

「ふへ?」


そう言った瞬間、唇に何かが触

それは温かくて柔らかな感触だった。


「!」


驚いて目を開けると、かなり至近距離に双葉がいた。

琥珀色の瞳にびっくりした顔の自分が映っている。

双葉の方はしばらくその感触を楽しんでいる様子だ。

だかられむもそれに委ねようと肩の力を抜いた瞬間……。


「!!」


れむの下唇に痛みが走った。

「いったぁぁぁぁぁぁっ!」

唇をおさえ、涙目になるれむを見て双葉は満足そうに笑う。

「だから痛いと言ったろう?」

双葉はキスの瞬間、れむの下唇におもいきり歯を立てたのだ。

何がおかしいのか、しばらくの間、双葉は笑っている。


「う~っ、所長。酷いなぁ」

痛む唇を摩りながらも何故かれむの心は温かだった。


「さて、君への「口直し」も終わった事だし、そろそろ我らも東京へ戻るとしようか」

双葉はコートのポケットから車のキーを出すと、駐車場へ向けて歩き出した。

「あっ、待って下さいよ~っ。所長っ」

いつものとおり、双葉の商売道具がたっぷり詰まった大荷物を抱えてその後を追う。

そこに清々しい初夏の空気が通り抜ける。

そう。それはあの竜神の吐息のように。


「きっと今でもこの風の中にいるんだよね……見守っていてくれるんだよね」


れむの前を一陣の風が吹いた。

不意に先ほどの双葉とのキスの感触が蘇った。


そっと唇に触れてみる。

そこは燃えるように熱かった。


悪魔のデバイス・完

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天空の風水「悪魔のデバイス」 涼月一那 @ryozukiichina

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