第13話「solution」

…………ここはどこなの?

とても暗くて、寒い………。


暗闇の中でれむは目覚めた。

酷く身体が冷えきっていて寒く感じる。

いつの間にか夜斗によって肩に掛けられた羽織は消え、薄着のままのれむは寒さに震えながら起き上がった。


そしてゆっくりと辺りを見渡す。

そこには倒壊したビル、切断された鉄橋が横たわり、その下からは焦げたアスファルトの匂いが鼻を突いた。


……………何、何なの、これは。それにまだ頭が痛い。


目が慣れてくると、そこは何と廃墟となった村の姿である事が分かった。

どこを見渡しても人の姿は見当たらない。


……………所長も黒ちゃんも夜斗くんもどこに行っちゃったんだろう。

あの時、確か祠から光が伸びて………。


「そこにおるのは神の子か?人の子か?」


「だっ…誰っ?」

不意に背後から澄んだ水のように滑らかな男性の声がかけられた。

気配すら感じさせないその声の主を確かめようと、れむは恐る恐る振り返る。

「あ……貴方は…」

そこには聡明な瞳を持った美しい少年が立っていた。

荒廃した廃墟の中で、彼の周囲だけが光を放っているように眩しい。

相手は十代前半くらいの少年だが、その顔には見覚えがあった。


「所長っ、無事だったんですね。良かった~」

「しょ…ちょう?それがこの姿の持ち主の名か?この姿はお前が思う一番近しい者の姿を模したものに過ぎない。我は肉の身体を持たぬのでな」

「えっ、所長じゃないんですか?確かにこんなに所長は小さくないか……じゃあ、貴方は誰なの?」


双葉の姿をした少年は、まっすぐにれむを見た。


「我はかつてこの土地を治めた古い神である。だがそれも今は遠き過去の事。今はこのような場所に留まり、うつろう幻影」


「竜神さまなんですか……」

竜神は寂し気に瞳を伏せる。

双葉と同じ顔で。それが双葉と重なり、れむの心が痛む。


「ここから出られないんですか?それにどうして村に災いを……」

「それは割れてしまった我の心の一部。溢れるほどの怨嗟は我の身体を離れ、解離してしまったのだ」

「…っつ!」

その時、またれむの首の辺りが痛んだ。

「もしかして、あの旅館が山を分断して建った時に、竜神さまの心も分かたれてしまったんですか?」

竜神はそっとれむの手を取った。

「確かに。我の与り知らぬ場所で分かたれたもう一つの我が村に災いを起こしているのは事実。だが、我の心にも憎しみは存在する」

「…………」

「しかし時と共にその憎しみは薄れるもの。我も分かたれた半身も本当は人を許したかったのかもしれぬな」


人の都合により身体を切り裂かれ、虐げられてきた神ではあるが、今は憎しみは少しも感じられなかった。

長い年月が変えたのだろうか。

それとも最初から憎んですらいなかったのかもしれない。


「だったらあたしがここから出してあげる。そして割れてしまったもう一つの貴方をもう一度受け入れて一つになって下さい」


れむは竜神の手を強く握り返した。

これは夢なのだろうか。現実なのだろうか。

現の中での口約束。

だが、竜神の表情は確実に和らいだ。


「温かい。お前は何て温かいのだ。そう、我はずっとこの温もりを忘れていたのだ。我を連れて行っておくれ。お前の住む光の中へ………」

温かく柔らかな光が二人を包み込んだ。

竜神の顔が気付くと間近にある。

双葉のように飴色をした瞳はどこまでも優しい。

やがて二人の唇は何かに引き寄せられるようにピタリと重なった。


…………キィィィン。


「おっ、何だ何だっ!おいっ、双葉。れむちゃんだ」

「何っ、れ……む?」


激しい光の中消えた当初と同じく、突如姿を現したれむは双葉たちの度肝を抜く登場の仕方をしていた。

何とれむは双葉の姿をした竜神とキスをしながら現れたのだ。

突如見せられた思いがけないラブシーン?に双葉たちは絶句する。

特に双葉の衝撃は相当なものだったようで、しばらく金縛りにでも遭ったかのように微動だにしなかった。


「な…これは一体どういう事なんだ?」

希州は思わず取り落とした錫杖を拾い上げ、構えを取る。


「有難う……。これで我もこの業から解き放たれる」


その光には最初の時のような攻撃的な激しさが消えていた。

ただ穏やかで優しい陽だまりの色だ。

その光はれむたちの周囲を旋回するようにして一周すると、そのまま細かい粒子となって霧散した。

その直後、凄まじい地鳴りが響き渡り、あちこちの地面に深い亀裂が走った。


「まずいぞっ、何がどうなったのか分からんが、溜まっていた気の本流が襲って来る。夜斗、結界の方は大丈夫か?」

「おう。それならぬかりはない」

萌黄色をした不思議な髪の間から生えた犬耳が得意げにピンと張った。

そして夜斗は身軽に跳躍し、双葉たちの退路を確保する。

「春日君、立てるか?」

双葉はようやく放心状態かせ抜け出し、れむを立たせようと手を差し伸べる。

「はい。大丈夫です」

れむは双葉に抱きかかえられるようにして山を下りた。

その直後だった。

まるで堰を切ったように山が崩壊したのは。


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