倒れても、立ち上がり、走れ ⑦




 これが僕と彼の出会いの物語。

 僕がイバライガーと出会い、本物のヒーローを知り、ヒーローとしての活動をしていくきっかけの話だ。


 イバライガーはショーの最後に必ず言う。


「君たちひとりひとりが、この世界の未来を明るくするヒーローなんだ」と。


 僕はヒューマロイドじゃない。

 超能力も魔法も使えないし、天才的に頭がよかったり、莫大な資産を持っているわけでもない。

 極普通の、ありふれた生身の人間だ。


 だけど。

 そんな僕だけど、ヒーローを助けたいと思う。


 いつも僕たちを助けてくれる、ヒーローの助けになりたいと思う。

 ヒーロースーツがなくても超人的な格闘技術がなくても、僕のやり方で、僕にできる精一杯でヒーローを助けたいと思う。


 そして、そういう人たちが僕の他にもたくさんいると思う。

 いてほしいと思う。

 ヒーローに助けてもらって、その人がヒーローを助けたいと思って、そうしてつながっていく正義の輪が世界中に広がっていけばいいと思う。

 そうして、ひとりひとりがヒーローになるんじゃないだろうか。

 みんながヒーローになれるんじゃないだろうか。


 そのヒーローたちの先駆けが、イバライガーなんだと、僕は思っている。


 かっこいいだけじゃない。

 血肉の通った、魂を持ったヒーロー。

 本物のヒーロー。

 それがイバライガーだから。


 子供の頃、僕はヒーローになりたかった。

 その夢は今、叶っている。


 けれど、その夢は今の僕には半分たりない。


 僕の、今の夢のもう半分は、世界中の人、ひとりひとりがヒーローとなってくれること。

 そして、そのヒーローたちと一緒に、イバライガーと戦い続けていくこと。


 その夢は、きっとこれから叶っていくんだと、僕は信じている。


   * * *


 残暑がしつこく居残った九月某日。


 僕たちはJR常磐線の石岡駅前にやってきていた。

 本日の任務は、駅前商店街でのグリーティングである。

 今日はイバライガーの他にも、茨城各地のゆるキャラたちも集まってのイベントだ。

 カラフルでかわいい、一部珍妙なゆるキャラたちがポーズをとるたび、あちこちで歓声と共にカメラのシャッターが切られる。

 その中でイバライガーも、集まったファンのリクエストに応じて、握手をしたり写真に写ったりと大忙しだ。

 だが、とても生き生きとして楽しそうだ。


 ファンサービスに励むイバライガーの姿を離れたところから見守っていると、タケさんがそっと寄ってきて僕をつついた。


「こんなとこにいないで、お前も混ざってくればいいのに」

「え?」

「ジャーク番長だーってさ。

今日は衣装持ってきてないの?」


 からかう口調に僕は渋い顔をして言い返す。


「あれは、もうあれっきりですよ。二度とやりません」

「そなの? もったいないなー」

「からかわないでくださいよ、ほんとに。

一回ステージ上がっただけでしんどくて大変だったんですから。

もう同じことはできないですよ」

「情けないこと言うなよなー。

明日はスポンサーさんとこのPR動画の撮影、来週は宣伝ポスター用の写真撮影。

今月も来月も、週末毎にステージショーの依頼が入ってる。

しんどいなんて言ってるヒマないぞー」


 そう言って笑うタケさんにつられて、僕も笑った。

 ホームページの出動予定は、月毎に更新され続けている。

 ギリギリな状況の中で、というのは変わらないけれど、それでも僕はここで、この茨城元気計画で、こうしてイバライガーと一緒に活動を続けていられることがありがたくて、うれしかった。


「だからさー、お前もジャーク番長になって混ざって来いよ」

「だからって、話つながってませんよ、それ。

ジャーク番長はあれっきりですってば」

「いいじゃん。ボスに頼んで、今度のショーに出さしてもらえよ」

「絶対無理です」

「……あのー」


 不意に、おずおずとした調子で声をかけられて、僕とタケさんは声の方を振り向いた。

 見ると、高校生くらいの女の子二人組が、僕たちのことを興味津々に見つめている。


「イバライガーのスタッフさんですか?」

「はい、そうですけども」

「あの、おにいさんがジャーク番長の中の人なんですか?」


 ずばり聞かれて僕はぎょっとする。

 のどに言葉がつまって変な声が出てしまった。

 タケさんとの話を聞かれていたのか!?


「いえ、僕はその……ただの裏方のスタッフで」


 何とかごまかそうとする僕の努力に反して、二人組は目を輝かせてつめ寄ってくる。


「やっぱり! 声が同じだと思ったんです!」


 何と耳がいいことで。


「七月の水戸のイベントに出てましたよね? 

ジャーク番長かっこよかったです! 私ファンになりました!」


 それは何と奇特な。


「写真、撮らせてほしかったんですけど、あのときの撮影会で会えなかったから残念で」


 すみません、あのときは熱中症で。


「次はいつ出演しますか? 

私たち、番長さん出るときは必ず見に行きますから!」


 いえ、あれは非公認キャラなので次はないです。


 二人組から交互に浴びせられる言葉に、僕はたじたじとなってまともに返事もできない。

 というか、返事をする隙もない。


 助けを求めて視線を巡らしたが、いつの間にかタケさんの姿が消えていて愕然とする。

 逃げたよあの先輩ヒドイ。


「あの、番長さんに聞きたいことあるんですけど」


 番長として認知されてしまった。

 どうにも逃げられない状況になってしまって、僕は罠に追い込まれた魚の気分で二人組と向き合う。


「聞きたいことって、何でしょうか?」

「こっそり教えてほしいんですけど、イバライガーの中の人ってどんな方なんですか?」


 二人組はそろっていたずらっぽい笑みを浮かべて、僕をじっと見上げてくる。


「すごーく気になってるんですよー。

イバライガーの中の人ってほんとに謎だから」

「きっと中の人もかっこいいんですよねー。

番長さん、写真とかあったらちょっとだけ見せてもらえませんか?」


 ねだるような視線を向けられて、僕は慌てて二人から目をそらした。

 女の子のこういう目つきは危険だ。

 莉子りこちゃんで経験済みの、男が逆らえなくなるやつだ。


 その、そらした視線の先に、イバライガーがいる。

 ファンに囲まれて、にぎやかに、楽しそうにしている彼の姿が見えた。


 イバライガーは、イバライガーだ。


 裏も表もない。

 中も外も関係ない。


 そんな本物のヒーローだから。

 それがイバライガーだから。


 だから。


 僕は二人組に向き直ると、自信たっぷりに言ってやる。


「ヒーローに中の人はいません!」




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ヒーローに中の人はいません! 宮条 優樹 @ym-2015

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